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2018/05/02

進化論講話 丘淺次郎 第十五章 ダーウィン以後の進化論(2) 二 理論の比較的に進まぬこと

 

     二 理論の比較的に進まぬこと

 

[やぶちゃん注:前章末尾で注した通り、この冒頭部は底本はページが一枚分、欠損している。そこで、一番近い次に新しい版である、同じ開成館の大正三(一九一四)年発行の初版修正版十一版と、講談社学術文庫版を校合し、今までの丘先生の癖などを参考に電子化こととする。]

 

 生物進化の事實はダーウィン以後の研究によつて益々確となり、最早疑ふべからざるものと成つたが、生物各種は如何なる原因により、如何なる法則に隨つて、進化し來つたものであるかといふ問に對する説明理論の方は、今日と雖もダーウィンの時に比べて餘り著しい進步は無い。近來種々の相反する新説が出たために、却つて渾沌たる狀態に戾つた如くに見える。前にも述べた通り、ダーウィンは生物に變異性のあること、及び生れる子孫の數の非常に多いことを事實と認め、之を基として生物種屬の進化は主として自然淘汰によると論じたが、變異性や遺傳性の詳細な點までは説き及ばなかつた。勿論其の頃には今日の如き實驗的の變異・遺傳の研究は全く無かつたから、詳しいことは何も知れて居なかつたのである。ダーウィン以後の生物進化に關する理論の變遷を述べるには、先づダーウィン自身は變異や遺傳に就いて、如何に考へて居たかを明にして置くことが必要であるから、次に其の要點を簡單に紹介する。

 自然淘汰の行はれるには、生物各種ともにその個體の間に若干の變異のあることが、第一の條件で、若し總べての個體の性質が皆同じであつたならば、無論如何なる淘汰も行はれる筈がない。所で、出來上つた生物個體の有する性質の中には二種類の區別がある。卽ち一は生れながら有する性質で、一は生れてから後に外界よりの影響を蒙つて新に[やぶちゃん注:ここで欠損ページは終わるので。以降は底本に戻る。]獲た性質である。例へば黑奴[やぶちゃん注:「こくど」。黒人奴隷或いは黒人の蔑称。孰れも明白な差別漢語である。後に「黑人」と使っているから、ここは「漁夫」に対してガレー船を漕いだ前者の可能性が強いが、それでも差別用語であることに変わりはない。]の色の黑いのは、生れながらに具はつた性質であるが、日本人の漁夫の色の黑いのは、生れてから後に日に燒けて新に獲た性質である。隨つて變異にも二種の區別があつて、黑人と白人との色の違ふのは、生れながらの性質に基づくが、呉服屋の番頭と濱の船頭との色の違ふのは、生れてから後の生活狀態の相違によつて起つたことである。使宜上前者の如きものを先天的の性質、後者の如きものを後天的の性質と名づけて置く。さて先天的の性質が親から子に遺傳することに就いては、疑を抱くものはないが、後天的の性質が子に遺傳するか否かは大に議論のあつたことで、ダーウィン以後に起つた生物學上の大議論は、殆どこの問題を中心とした如き觀がある。後天的の性質が遺傳するとは、曾てラマルクの主張した所であるから、恰も自然淘汰説をダーウィン説と呼ぶ如くに、後天的性質の遺傳を認める學説をラマルク説と名づけるが、ダーウィン自身は如何に考へたかといふに、素より自然淘汰に重きを置いたが、それと同時にラマルク説をも容れて、後天的の性質も往々子孫に傳はるものと假定して論を立てた。この事は「種の起源」の緒言の終に明に書いてあるが、ダーウィン説に反對する人の中には、ダーウィンは生物進化の原因は自然淘汰以外にはないと論ずるやうに誤解し、往々或る事實を捕へ來つて、之は自然淘汰では説明が出來ぬではないかというて、駁擊の材料としたものも多勢あつたので、後の版には更に第十五章結論の中に、かやうに誤解せられては實に迷惑であるとの文言を新に加へてある。

 斯くの如くダーウィン自身は自然淘汰を主とするダーウィン説と、後天的性質の遺傳を認めるラマルク説とを倂せ採つたが、ダーウィン以後、化石學・細胞學、または變異・遺傳の實驗的研究の進むに隨ひ、奇妙にも兩方の極端説が唱へ出された。卽ち一方ではダーウィン説を排斥して、自然淘汰は生物進化の原因と認めるに足らぬと考へ、ラマルクの唱へた如くに後天的性質の遺傳のみによつて、總べての進化を説明せんと試みる者が出來、また他の一方では、その正反對にラマルク説を全然拒絶して、後天的性質は決して遺傳するものにあらずと斷定し、生物進化の原因はダーウィンの唱へ出した自然淘汰以外には決してないと主張する者が出來た。素よりこの兩派の孰れにも屬せぬ學者も澤山にある。されば、最近五十年間に發表せられた種々の説を集めて見ると、互に相反對したものが多數にあるが、之を大別すれば、先づ次の三組に分けることが出來るやうに思ふ。卽ち第一には、生物進化の原因は主として後天的性質の遺傳であつて、自然淘汰の如きは著しい力はないといふ説、第二には、生物の進化はたゞ自然淘汰のみによることで、後天的性質の遺傳は決して之に與らないといふ説、第三には、生物の進化は自然淘汰と後天的性質の遺傳とに依つて生ずるといふ説である。右の中、ダーウィン自身の説は卽ち第三の組に屬するが、本書の著者の考へる所によれば、今日と雖も最も無理の少いのはやはりこの組の説である。

 生物進化の原因に關する議論は今日の所、大別しても右の三組になるが、各組の中の議論がまた樣々で論者によつて主張の點が著しく違ふから、たゞ喧しいばかりで、如何に決著するやら殆ど見込みが立たぬ。倂しダーウィンの唱へた自然淘汰説が既に倒れたなどといふことは決してない。この説の勢が幾分か下火になり來つたことは明であるが、之は一時無暗にこの説を有難がり過ぎた反勤とも見るべき現象で、自然淘汰説の眞の價値は、當今と雖も靜に考へる多數の學者の十分認めて居る所である。またラマルク説の方も斷然之を排斥する學者がなかなか多くあり、隨つて近來の書物には之に關して恰も既に議論が決定したかの如くに書いてあるものも尠くないが、實際は決してさやうなわけではなく、最近の實驗研究によると、更にこの説の證據とも見るべき新事實が幾つも確められた。これ等に就いての著者の意見は、後の章に改めて述べるから、こゝでは一先づ切り上げて置く。

 

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