北の海 中原中也
北 の 海
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
曇つた北海の空の下、
浪はところどころ齒をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
あれは、浪ばかり。
[やぶちゃん注:私が中原中也の詩の中で最も偏愛する詩篇である。謂わずもがなであるが、第二連最終行末の「呪」は「のろひ(のろい)」と読む。「中原中也詩集」(河上徹太郎編・昭和六〇(一九八五)年改版三十四版・角川文庫刊)の年譜によれば、昭和一〇(一九三五)年二月に創作され、同年五月に発行された創刊号『歷程』(第一次。逸見猶吉・草野心平らにより、中也も同人となっていた)に発表した詩篇である。]