幻影 中原中也
幻 影
私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。
ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手眞似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あはれげな 思ひをさせるばつかりでした。
手眞似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影繪でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。
しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。
[やぶちゃん注:本篇は昭和一一(一九三六)年十一月発行の『文學界』初出(角川文庫「中原中也詩集」(河上徹太郎編)の年譜に拠る)。やはりこれも長男文也の急逝以前に書かれたものということになる。サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説で、サイト主の合地舜介氏は同年九『月以前の制作ということにな』ると断定されており、これは編集・印刷から実際の発行までを考えると腑に落ちる(因みに、当該ページで上記初出誌の発行年を一九三七年とされているのは誤りである)。]