冷たい夜 中原中也
冷 た い 夜
冬の夜に
私の心が悲しんでゐる
悲しんでゐる、わけもなく……
心は錆びて、紫色をしてゐる。
丈夫な扉の向ふに、
古い日は放心してゐる。
丘の上では
棉の實が罅裂(はじ)ける。
此處では薪が燻つてゐる、
その煙は、自分自らを
知つてでもゐるやうにのぼる。
誘はれるでもなく
覓(もと)めるでもなく、
私の心が燻る……
[やぶちゃん注:「棉」「わた」と訓じていよう。「綿」に同じい。
「薪」「まき」か「たきぎ」か、確定不能。新潮社「日本詩人全集」第二十二巻「中原中也」の本篇では『まき』とルビするが、サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の電子化本文では『たきぎ』と読みを添える。「薪」の字は本詩集ではここにしか用いられていない。そこで、第一詩集「山羊の歌」(昭和九(一九三四)年十二月文圃堂刊)を調べてみたところ、「生ひ立ちの歌」の「Ⅱ」の第一連の三行目「薪の燃える音もして」とあり(やはり「薪」の字はここのみ)、この「薪」には上記新潮社「日本詩人全集」版や岩波文庫版では『たきぎ』のルビを附してある。しかし乍ら、所持する、底本と同じく中原中也記念館館長中原豊氏の打ち込みになるベタの電子テクスト・データの「山羊の歌」(底本は復刻版「山羊の歌」昭四五(一九七〇)年麥書房刊)には、この「薪」にルビは入っていない。さればこそやはり確定出来ない。
「燻つてゐる」「くすぶっている」(現代仮名遣)と読む。
「覓(もと)める」「求める」に同じい。]