栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 赤鬃 (マダイ)
赤鬃【マダイ 棘鬣之大者】
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションのこちら(「魚譜」第一軸)の画像の上下左右をトリミングして用いた。やっと二十尾目で、正統の「鯛」にして真正の「真鯛」、
スズキ目スズキ亜目タイ科マダイ亜科マダイ属マダイ Pagrus major
の登場である。全体に丁寧に描こうとして感じが窺われず、恵比寿が釣り上げたそれみたような印象を受け、博物画としては描かれるべき細部の本種の特徴、例えば、背側などに散見されるはずのコバルト色の斑紋であるとか、目の上のアイシャドウ様の濃い筋、黒くなっているはずの尾鰭の後縁等がないが、全体の体型が所謂「鯛」型で有意に側扁している感じがしっかり描かれている点(「鯛」の「たい」とは「平たい魚」の義である)、胸鰭が有意に細く長く描かれている点(時に全体長の半分近くに達する)はマダイの特徴を押さえている。
「赤鬃」「鬃」(音「ソウ・ズ・ゾウ」)は「たてがみ」の意で「鬣」に同じい。渡辺崋山の絵に海中遊泳する生きた魚群を想像で描いた「海錯図」なる驚きの絵があるのであるが、崋山が弟子の椿山に当てた一般に「絵事御返事」と称される書簡の中に、この図について『海錯圖は、海魚、深海中に遊泳するの體(てい)を認(したた)め、先づ古人も不ㇾ畫(ゑがかざる)所也。浪に、少々、古風を加へ、魚の赤鬃(ヲヲタイ)、靑魚(サバ)、梭魚(カマス)、鰮丁(ヒシコ)をあしらひ申候』とあるのを見出した(刊榊原悟「日本絵画の見方」(二〇〇四年角川学芸出版)を参考にしたが、引用は読点を増やし、漢字の一部を正字化して、一部の推定の読みをひらがなの歴史的仮名遣で私が加えた。カタカナの読み(ルビ)は当該書のママ。なお、「鰮丁(ヒシコ)」は鰯(いわし)のこと)。この赤鬃(ヲヲタイ)という記載に従えば、ここも「赤鬃」で「おほだひ(おおだい)」(=大鯛)と読んでいいということになろう。変な音読みをするよりも、この方がすっきりするし、後にも『棘鬣之大者』(棘鬣(きよくれふ)の大者(おほもの)。既に何度も述べた通り、「棘鬣魚(キョクリョウギョ)」(鋭い棘のタテガミ(背鰭)を持った魚)とは鯛の異称である)とあるのと響き合う。なお、マダイの学名の属名 Pagrus(パグルス)は、ギリシャ語でタイを示す「パグロス」のラテン語形で、種小名はラテン語で「大きい」を意味する major(マヨル)に由来し、Pagrus major という学名自体が「大きなタイ」の意なのである。]