諸國里人談卷之一 三猿堂 / 諸國里人談卷之一~了
〇三猿堂(さんゑんどう)
比叡山の三猿堂は、傳教大師天台の不見(ふけん)・不聞(ふぶん)・不言(ふごん)を以〔もつて〕、三諦(さんたい)に表(ひやうし)て、土の猿を作り玉ふ。不見・不聞の和語を以、猿の形とす。又、申(さる)の字儀も有〔あり〕。
見ずきかずいはざるまではつなげどもおもはざるこそつながれもせず
所々の庚申塚(こうしんづか)に、此形(このかたち)を祭るは、申(さる)のいひ也。 里人談一之終
[やぶちゃん注:これを以って「諸國里人談卷之一」は終わっている。
「比叡山の三猿堂」不詳。検索を掛けても、比叡山山内に「三猿堂」なる建物は見当たらない。私は比叡山に行ったことがない。識者の御教授を乞う。
「三諦(さんたい)」「さんだい」とも読む。天台宗で実相の真理を明かすものとして考えられた「空」・「仮(け)」・「中」の三つの真理。総ての存在は空無なものであるとする「空諦」、総ての事象は因縁によって存在する仮(かり)のものとする「仮諦(けたい)」、総ての存在は、空でも有でもなく、言葉や思慮の対象を超えたものであるとする「中諦」を指す。
「不見・不聞の和語を以、猿の形とす」意味不明。訓読の「みざる」「きかざる」と連体中止法の「ざる」から「猿」を掛けて当てたというのか? でも最後の「不言」もそれなら、「いはざること」で「いはず」ではあるまいよ。識者の御教授を乞う。
「申(さる)の字儀」十二支の記号としての「申」。
「申(さる)のいひ也」庚申信仰に於ける「庚申」は元来は日を指定するための干支の組み合わせによる記号に過ぎない。それを後世、動物に比喩した「猿」に当てただけのことである。中国の道教起源の庚申信仰には、本邦の土着の「塞の神」信仰、道祖神信仰、そこから生ずる相体道祖神の豊穣信仰、青面金剛信仰、三猿信仰など多数の集合が行われていることは言うまでもなく、加えて、場を同じくした江戸時代の無数の「講」集団の信仰部分も絡んで、非常に複雑な様相を呈している。]