諸國里人談卷之二 鬼橋
○鬼橋(おにはし)
備後國帝釈山(たいしやくさん)の谷川に橋あり。石を以〔もつて〕切(きり)たてたる、長(なが〔さ〕)、二十間、幅三間の反橋〔そりばし〕なり。これを鬼橋と號(なづ)く。土俗の說に、神代(しんだい)の昔、梵天・帝釋天、くだり給ひ、數萬〔すまん〕の眷屬の鬼、來つて、一夜(いちや)の中〔うち〕に全く成る、といひつたへたり。むかし、此橋をわたり得れば、淨土に至り、渡り得ざるものは、地獄に墮(おつ)といふ。今は、わたる人なし。故(かるがゆへ)に、草木(さうもく)、生茂〔おひしげ〕りて、山とひとしき也。
[やぶちゃん注:これは現在の中国山地に位置する広島県北東部の庄原市東城町及び神石高原町に跨る全長約十八キロメートルに及ぶ峡谷「帝釈峡」の「鬼の唐門」(ここ(グーグル・マップ・データ))、或いは、その南方にある雄橋(おんばし:ここ(グーグル・マップ・データ))か。「長(なが〔さ〕)、二十間、幅三間」(長さ三十六メートル三十六センチ・幅約五メートル四十五センチ)という数値からは、前者かと思われる(雄橋は全長九十メートル、幅十八メートルもあるので、合わない。「鬼の唐門」は高さ約八メートルの天然橋で、古い鍾乳洞が崩落して入り口だけが残ったものと考えられており、門の上の方に「鬼の窓」と呼ばれる四メートルほどの穴が開いている。ここは「帝釈峡観光協会」の公式記載及びウィキの「帝釈峡」に拠った)。なお、「帝釈山」という山は現認出来ない。]