諸國里人談卷之三 寒火 / 諸國里人談卷之三~了
○寒火(かんくは)
「本草綱目」ニ云〔いはく〕、『南海の中に蕭丘山(しやうきうさん)あり。上に自然の火、有〔あり〕、春、生じ、夏、滅す。一種の木を生ず。但(たゞし)、小(すこし)焦げ、黑色(くろいろ)なり。又、云〔いふ〕、火山軍(くはざんぐん)、其地、鋤耘(しようん)する事、深く入〔いるる〕時は、則(すなはち)、烈焰(れつえん)あり。種(もの)を植(うゆる)に妨(さまたげ)ず。亦、寒火也矣。』。是、越後入方の火の類ひなり。
里人談三終
[やぶちゃん注:明の本草家李時珍の「本草綱目」(一五七八年完成・一五九六年上梓)の巻六の「火」の冒頭「陽火・隂火」からの引用。本「光火部」冒頭の「火辨」や「入方火」の注で出して注も附したが、今回、ゼロから始めて再考し、詳注を施しておく。
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有蕭丘之寒火【蕭丘在南海中、上有自然之火、春生秋滅。生一種木、但小焦黑。出「抱朴子外篇」。又陛游云、火山軍、其地鋤耘深入、則有烈熖、不妨種植。亦寒火也。】。
○やぶちゃんの書き下し文
「蕭丘の寒火」、有り【『蕭丘は南海中に在り、上に、自然の火、有り。春、生じ、秋、滅す。一種の木を生ず。但し、小し焦げて、黑し。』と「抱朴子外篇」に出づ。又、陛游云はく、「火山軍、其の地、鋤耘(じようん)すること、深く入るるときは、則ち、烈熖有り。種(たね)を植うるには妨げられず。亦、寒火なり。」と。】。
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『土地を耕す際に鋤を深く入れると、激しい焔が噴き出て、種子を植えることが妨げられる。これは「寒火」である』というのだが、何故、「寒火」なのかは判らぬものの(ここでは農作物の種を植える分には問題がないから「寒火」だとするのは私には全くの半可通としか思えない)、この記載のそれは天然ガスか或いは「蕭丘」が南海中とするならば或いはメタン・ハイドレート(methane hydrate:低温且つ高圧の条件下でメタン分子が水分子に囲まれた、網状の結晶構造を持つ包接水和物の固体)のようなものかも知れないと思ったりする。
「蕭丘山」(原典には「山」はない)不詳。原典の引用が葛洪の神仙術書「抱朴子外篇」(三一七年完成)のであるから、実在しないと考えた方がよい。従って、そこに生えるという少し焦げた(ように見える)黒質の木も実在しないと考える。尤もツツジ目カキノキ科カキノキ属 Diospyros の黒檀(Ebony:エボニー)等がモデルかも知れぬが。
「陛游」南宋の政治家で詩人として有名な、「南宋四大家」の一人である陸游(一一二五年~一二一〇年)のことか。「古名録」(江戸後期の紀州藩藩医で本草学者・博物学者でもあった源伴存(ともあり 寛政四(一七九二)年~安政六(一八五九)年:別号・畔田翠山(くろだすいざん)の名物書(辞典)。全八十五巻)のこちらの同一箇所の引用(国立国会図書館デジタルコレクションの画像)では「陸游」となっている。
「火山軍」山西省河曲県とその東北に接する偏関県一帯の旧称(ここ(グーグル・マップ・データ))。
「鋤耘」畑地を掘り返して耕すこと。]