明恵上人夢記 71
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一、同十八日、初夜の行法の時、幷(あは)せて我が事を祈念して、加被(かび)を蒙るを望む。其の道場觀(だうじやうくわん)の時に一つの好相(がうさう)を得たり。上師、忽ちに來りて、筒に沙糖(さたう)を盛り、「汝、八寒八熱の衆生を利せよ。是(これ)故に之を與ふる也」と云々。
[やぶちゃん注:「70」からの続きとして承久二(一二二〇)年十月十八日と採る。本条は、就寝中の夢ではなく、観想行を行っていた最中に見た脳内の幻視映像である。
「初夜の行法」六時(既注)の一つである戌の刻(現在の午後八時頃)に行う勤行のこと。
「加被(かび)」仏・菩薩・神が慈悲の力を加えて衆生を助けて願いをかなえること。「御加護」に同じい。
「道場觀」不動明王を観想するもの。
「好相」「相好(さうがう(そうごう))」に同じい。仏の身体に備わっている三十二の相と八十種の特徴の総称。
「上師」前例に従い、母方の叔父で出家当初よりの師である上覚房行慈と採る。当時、生存。
「筒」丈の低い相応に大きな筒、円筒状の丸い鉢のようなものであろう。
「沙糖」甘露(サンスクリット語アムリタの訳語で「不死」「天酒」とも訳される。インド神話では諸神の常用する飲物で、蜜のように甘く、飲むと不老不死になるというギリシャ神話で神々の飲む不老長寿の赤色の酒「ネクター」のようなもので、「仏教の教法」にも譬える)の判り易いメタファーであろう。
「八寒八熱」八寒地獄(頞部陀(あぶだ)地獄・尼剌部陀(にらぶだ)地獄・頞哳吒(あたた)地獄・臛臛婆(かかば)地獄・虎虎婆(ここば)地獄・嗢鉢羅(うばら)地獄・鉢特摩(はどま)地獄・摩訶鉢特摩(まかはどま)地獄)と八熱地獄(等活地獄・黒縄・衆合地獄・叫喚地獄・大叫喚地獄・焦熱(炎熱)地獄・大焦熱(大炎熱)地獄・阿鼻(無間(むげん))地獄)。それぞれの責め苦様態等はウィキの「八大地獄」を参照されたい。]
□やぶちゃん現代語訳
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承久二年十月十七月の夜、初夜の行法(ぎょうほう)の際、行法とともに、私の修行僧としての存在の正しい在り方を祈念して、仏の御加護を蒙らんことを望んだ。その後、不動明王を観想する道場観(どうじょうかん)を行っている最中、意識の中で、一つの仏の来臨を感じさせる感覚を得た。それを以下に記す――
上師が、突如、来られて、筒に砂糖を堆(うずたか)く盛って、それを私に差し出だされ、
「そなた、八寒八熱に堕ちた衆生(しゅじょう)を利益(りやく)せよ。さればこそ、これをそなたに与えるのである。」
と仰せられ……
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