諸國里人談卷之三 姥火
○姥火(うばび)
河内國平岡に、雨夜(あまよ)に、一尺ばかりの火の玉、近鄕に飛行(ひぎやう)す。相傳ふ、昔、一人の姥あり。平岡社(ひらおかのやしろ)の神燈の油を夜每(よごと)に盗(ぬすむ)。死(しゝ)て後(のち)、隣火(おにび)となると云々。さいつころ、姥火に逢ふ者あり。かの火、飛來(とびきたつ)て面前に落(おつ)る。俯(うつぶし)て倒(たをれ)て潛(ひそか)に見れば、鷄(にはとり)のごとくの鳥也。觜(はし)を叩く音、なり、忽(たちまち)に去る。遠く見れば、圓(まどか)なる火なり。これ、まつたく鵁鶄(ごひさぎ[やぶちゃん注:ママ。「ごゐさぎ」が正しい。])なりと云。
[やぶちゃん注:これは沾涼にしては珍しく擬似怪奇として、正体を実在する鳥綱ペリカン目サギ科サギ亜科ゴイサギ属ゴイサギ Nycticorax
nycticorax に帰結させる手法を採っている。
「河内國平岡」現在の大阪府東大阪市枚岡(ひらおか)地区か。非常に古くは「平岡」と書いた。そこならば、「平岡社」は東大阪市出雲井町にある枚岡神社となる。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「鵁鶄(ごひさぎ)」夜行性のゴイサギが青白い光を放つというのは、実は、よく言われることである。また、ゴイサギはその立ち姿は何か哲学者然としたヒトのように私には見える。怪異譚は勿論、ゴイサギを妖怪や怪火と見間違えた擬似怪談も実は多い。私の「耳囊 卷之七 幽靈を煮て食し事」や「諸國百物語卷之五 十七 靏(つる)のうぐめのばけ物の事」を見られたい。また、私の「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鵁鶄(ごいさぎ)」の「夜、飛ぶときは、則ち、光、有り、火のごとし」の私の注も是非、参照されたい。]