大和本草卷之八 草之四 ナゴヤ (オゴノリ)
【和品】
ナゴヤ 海藻ニ似テマルシ枝多ク細長シ色靑シ或褐色
也煮食ス又沸湯ニユヒキテ味曾ニ和乄食ス性アシヽ
往々發腹痛不可食
○やぶちゃんの書き下し文
【和品】
「ナゴヤ」 海藻〔(ナノリソ)〕に似て、まるし。枝、多く、細長し。色、靑し。或いは褐色なり。煮て食す。又、沸湯にゆびきて、味曾〔(みそ)〕に和して食す。性〔(しやう)〕、あしし。往々〔にして〕腹痛を發〔(おこ)〕す。食ふべからず。
[やぶちゃん注:「ナゴヤ」は前に「心太」で注した紅色植物門紅藻綱オゴノリ目オゴノリ科オゴノリ属オゴノリ Gracilaria vermiculophylla に代表されるオゴノリ科Gracilariaceae のオゴノリ類の九州での方言。本邦産だけでも、オオオゴノリGracilaria gigas・ミゾオゴノリGracilaria incurvata・フシクレオゴノリ Gracilaria salicornia・シラモGracilaria bursa-pastoris・カバノリGracilaria textorii・シンカイカバノリGracilaria sublittoralis等、実に二十種が知られており、普通に刺身のツマとして使用され、食べている(私も好んで総て食う)のであるが、益軒が「性〔(しやう)〕、あしし[やぶちゃん注:「惡しし」。]。往々〔にして〕腹痛を發〔(おこ)〕す。食ふべからず」とまで言い切っているのを不審に思われる方もあるかも知れぬので再掲しておくと、実は、オゴノリと言えば、本邦ではオゴノリ類によると疑われる中毒が数例報告されている。しかも死亡例も複数あり、それらは総てのケースが血圧低下によるショック死で、全員、女性である。それらはみな、オゴノリ類の生食(記載によっては真水につけて刻むともある)によるもので、現在ではその中毒機序は一応、まずは――オゴノリの脂質に含まれるPGE2(prostaglandin E2プロスタグランジンE2)摂取が行われ、次に、このPGE2を更に増殖させる酵素の摂取、即ち、刺身などの魚介類の摂取=魚介類に多く含まれる不飽和脂肪酸であるアラキドン酸(Arachidonic acid)の多量供給により、PGE2が摂取者の体内で過剰に生成されたのが原因ではないか――と疑われている。さらに、プロスタグランジン類には主に女性に対して特異的限定的薬理作用を持つものがあり、その子宮口軟化・子宮収縮作用から産婦人科で分娩促進剤として用いられており、更に血圧低下・血管拡張作用等を持つ。低血圧症であったり、若しくは、逆に、高血圧で降圧剤を服用していた女性に、そうした複合的条件が作用し、急激な低血圧症を惹起させたのではないかという推定がなされている。但し、市販されているオゴノリは青色を発色させるために石灰処理を行っており、その過程で以上のような急性薬理活性は完全に消失しているので、全く危険はない。しかし、そうした中毒原因の推理の一方で、その後にハワイで発生したオゴノリ食中毒の要因研究の過程では、その原因の一つにPGE2過剰等ではなく、アプリシアトキシンaplysiatoxinという消化管出血を引き起こす自然毒の存在が浮かび上がってきている。これは単細胞藻類である真正細菌 Bacteria 藍色植物門Cyanophyta の藍藻(シアノバクテリア Cyanobacteria)が細胞内で生産する猛毒成分である。即ち、本邦の死亡例も、オゴノリに該当アプリシアトキシンを生成蓄積した藍藻がたまたま付着しており、オゴノリと一緒に摂取してしまった、とも考えられるのである。ネット上の情報を縦覧する限り、本中毒症状は、未だ十分な解明には至っていないという印象を受けるのである。それにしても、この益軒の記載がそうした極めて数少なかったはずの中毒例の江戸前・中期の記録警告であるとすれば、非常に貴重な記載と言えると私は思う。
「海藻〔(ナノリソ)〕に似て」いません!
「沸湯」「ふつたう(ふっとう)」と読んでいるか。]
« 大和本草卷之八 草之四 海藻(ナノリソ/ホタハラ) (ホンダワラの仲間) | トップページ | 大和本草卷之八 草之四 松藻(マツモ) »