諸國里人談卷之四 念佛池
○念佛池(ねんぶついけ)
美濃國谷汲(たにぐみ)と坂下(さかのした)との間に小〔ちさ〕き池あり。渡せる橋を「念佛橋」といふ。池の中に石塔あり。誰人(たれ〔ひと〕)の立〔たて〕たるといふをしらず。往來(ゆきゝ)の人、橋のうへにして、石塔にむかひ、念佛すれば、水面(すいえん)、玉のごとく、「沸々(ぶつぶつ)」と涌(わく)がごとくに泡だちて、鳴(なる)也。しづかに念佛すれば、しづかに泡立(あはだち)、責念佛(せめねんぶつ)を申せば、聲に應じて、その泡、多く立(たつ)なり。よつて「念佛池」といふ也。
[やぶちゃん注:「美濃國谷汲(たにぐみ)と坂下(さかのした)との間」鬼丸氏の「鬼丸のブログ」の『根陣屋跡(揖斐川町) 壱「巡拝」』の記事によって現存することが視認出来たのであるが、場所が判らない。グーグル・ストリートビューでここと思しいところをうろつくうち、遂に発見した! ここ(グーグル・マップ・データ)! 鬼丸氏の説明板(揖斐川町商工会谷汲支部)の写真から電子化する。傍点「●」は太字とした。
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念仏池(揖斐川町谷汲名礼)
花山天皇が西国三十三番を巡礼せられた時、谷汲山に詣られ帰り道で当所に休んで念仏を唱えられていると、その地から水が湧きでてきました。
そして法皇の念仏に仏・仏を和しました。この故事により念仏池と呼びその中に地蔵様を祀る、お堂を造りました。現在も地域住民は毎年八月地蔵様のお祭りを行っています。
渇水時もこの池の水は満々と堪えられていて[やぶちゃん注:「堪」は「湛」の誤字であろう。]農業用水に利用されています。
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地名「名礼」は「なれ」と読む。
「責念仏」鉦を鳴らしながら高い声で急調子に唱える念仏。「せめねぶつ」とも呼ぶ。]

