諸國里人談卷之四 浮嶋
○浮嶋(うきしま)
出羽國最上郡羽黑山の梺(ふもと)、佐澤(ささは)に「大沼」といふあり。これに大小六十六の浮嶋あり。徑(わたり)、三、四尺より、一丈二、三尺に至る。をのをの國々の名ありといへども、分明ならず。勝れて大き成(なる)嶋を「奧州嶋」といふのみなり。池の眞中に、動かざる小〔ちさ〕き島に、葭(よし)・芦(あし)、生(おひ)たり。これを「芦原嶋」と号(なづけ)けたる也。六十余の嶋々、常は汀(みぎは)に片寄り、地に副(そひ)てあり。皆、松柏(しやうはく)茂り、桃・櫻・藤・山吹など生ひたり。春・夏・秋かけて日每に浮(うか)み旋(めぐ)る。風にしたがひて行、また、風に向(むかひ)て行〔ゆく〕もあり。時として、二十島、三十島も、うかみ巡(めぐ)る也。春夏、花の盛(さかり)は、藤・山吹・つゝじ・さつきの、水に映じて、風景、斜(なゝめ)ならず。この嶋々、汀(みぎは)にある時、出〔いで〕んづる嶋は、震(ゆる)ぎ動き出〔いで〕て、出〔いで〕ざる嶋を押隔(おしへだて)て出〔いづ〕る事、尤(もつとも)、奇也。祈願の人あつて、その志(こゝろざす)所の嶋をさして、旋行(せんかう)を考ヘ、吉凶を占ふ事、あり。
[やぶちゃん注:これは「羽黑山の梺」でもないし(羽黒山からは南南東四十三キロメートルも離れる)、「佐澤」という地名でもないのだが、どう考えても、「卷之一 芝祭」で推定比定した山形県西村山郡朝日町の浮島で知られる「大沼」以外には私にはやはり考えられない(ここ(グーグル・マップ・データ))。
「三、四尺」九十一センチメートルから一メートル二十一センチメートル。
「一丈二、三尺」三メートル六十四センチメートルから三メートル九十四センチメートル。
「その志(こゝろざす)所の嶋をさして、旋行(せんかう)を考ヘ、吉凶を占ふ事」私は占うための特定を浮島を決め、事前に、その島がどの方向にどういう風に池の中を旋回し移動するかを本人が予測して予め決めて記しておき、実際にほぼその通りに移動すれば、祈願は成就するといった占い法ではないかと思う。漠然と、ただ島を決めて、漫然と動くの待って、その航跡を以って祈願成就を占うというのでは、自分(或いは占卜者が別にいるのかも知れぬが)の都合のよいように占いを読み解いてしまって、占いにならんように私は思うからである。]