大和本草卷之八 草之四 黑ノリ (ウップルイノリ)
【和品】
黑ノリ 若狹ノ海ニアリ岩ニ生ス臘月ニトル黑クウルハシ
味ヨシ
○やぶちゃんの書き下し文
【和品】
「黑ノリ」 若狹の海にあり。岩に生ず。臘月にとる。黑く、うるはし。味、よし。
[やぶちゃん注:「若狹」(日本海中部)という限定性、「岩」海苔、則ち、養殖ではない天然物であること、「臘月」=旧暦十二月に採取すること、呼称から藻体が有意に「黑」いこと、味がよいとすることを綜合すると、私は、
植物界紅藻植物門ウシケノリ綱ウシケノリ目ウシケノリ科アマノリ属ウップルイノリ(十六島海苔)Porphyra pseudolinearis
を挙げるべきかと思う。本種は別称を「クロノリ」とも呼ぶからである。分布と「岩海苔」とすることからは、
アマノリ属ツクシアマノリ(筑紫甘海苔)Porphyra
yamadae
も挙げられるが、ツクシアマノリは有意に緑色を呈しており、黒くないので外れる。
ウルップイノリは多くの方には馴染みのない名前であろうから、私の寺島良安の「和漢三才圖會 卷第九十七 水草 藻類 苔」から、訓読文と私の注を引いておく(原文はリンク先を参照されたい)。
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うつぷるいのり
十六島苔
【宇豆布留伊。】
附〔(つけた)〕り
雪苔
△按ずるに、此の苔、雲州[やぶちゃん注:出雲。]十六島(うつふる)より出づる。故に名づく。海中の石上に附生す。長さ、二~三尺、幅二寸ばかりにして、細(こまやか)なること、髮のごとく、紫黑色。味【甘、微鹹。】極美なり。國守、海人をして之れを取らしめ、海人、海底に入り、採りて腰帶と爲し上(あが)る。其の得る所の三分が一を海人に賜ふ。最も苔中の珍品と爲す。
ゆきのり
雪苔
△按ずるに、雪苔は雲州加加浦に、之れ、有り。畧(ちと)「十六島苔」に似て、短く、紫色。冬の雪、石面に雪降りて、乍(たちま)ち、變じて、苔と爲る。之を刮(こそ)げ取る。夏に至りては、則ち貯(たくは)ひ難し。丹後にも亦、之有り。
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ウップルイノリは潮間帯上部に生育し、幅が狭く長い。成長したものは長さが約三十センチメートル、幅五センチメートルまで伸長するが、長さ二十センチメートル、幅一~二センチメートルが通常個体である(良安の叙述の長さは後述するように有意に大き過ぎる)。雌雄異株で、秋から一月ぐらいまで岩礁に見られる。北方系の種である。
「十六島」現在の島根県出雲市(以前は平田市であったが、二〇〇五年三月に旧出雲市・平田市・簸川郡佐田町・多伎町・湖陵町・大社町の二市四町が新設合併して新しい「出雲市」となった)十六島町(うっぷるいちょう:ここ(グーグル・マップ・データ))にある十六島湾(うっぷるいわん)を指す。「十六島」という単独の島の名ではない。航空写真で見ると、十六以上の大小様々な島が見える。如何にもアイヌ語の語源を感じさせる地名であるが、これに関しては、「日本古代史とアイヌ語」というサイトの「十六島」に実に緻密で詳細な考察がある。それによれば、アイヌ語で「松の木が多いところ」若しくは「穴や坂や崖の多いところ」という意味である可能性が高いとある。このサイト、震えるほど素晴らしい! 是非、ご覧あれ。
「採りて腰帶と爲し上る」とあるが、アマノリの類いは、上記通り、潮間帯上部に繁茂し、岩礁帯をちまちまと摘むように採取するものと思われる。このように海中に潜水して多量に採取し、更にそれを腰に帯のように巻いて浮上するというのは私には考え難いのである。挿絵から見ても、良安は昆布類の採取と錯誤しているように思われるのだが、如何? 識者の意見を乞う。
「雪苔」ユキノリ これは現在、佐渡島で「イワノリ」の呼称として用いられているのだが、「イワノリ」という呼称自体、広義のウシケノリ科アマノリ属 Porphyra 類の総称として用いられている。なお、ここでの良安が雪から海苔を生ずるという化生説を無批判に採用しているのは驚きである。
「雲州加加浦」は、現在の島根県松江市(以前は八束郡であったが二〇〇五年三月に旧制の松江市が、八束郡に属する鹿島町・島根町・美保関町・八雲村・玉湯町・宍道町・八束町の一市六町一村が合体合併して新しい「松江市」となった)島根町加賀の加賀漁港周辺地域を指すものと思われる。ここ(グーグル・マップ・データ)。]
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