松の針 宮澤賢治
――今日送る友へ
*
松の針 宮澤賢治
さつきのみぞれをとつてきた
あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頰をあてる
そんな植物性の靑い針のなかに
はげしく頰を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた
⦅ああいい さつぱりした
まるで林のながさ來たよだ⦆
鳥のやうに栗鼠(りす)のやうに
おまへは林をしたつてゐた
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
おまへの頰の けれども
なんといふけふのうつくしさよ
わたくしは綠のかやのうへにも
この新鮮な松のえだをおかう
いまに雫もおちるだらうし
そら
さわやかな
Turpentine(ターペンタイン)の匂もするだらう
*
・( )はルビ。「Turpentine(ターペンタイン)」は油絵材として知られる、松脂(まつやに)を水蒸気蒸留して得られるテレピン油のこと。
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