反古のうらがき 卷之一 術師
○術師
野州は人氣質樸なる所にて、邊鄙(へんぴ)は殊に甚し。
いづくより來りしや、術師、來りて、いろいろの不思議なる事をなすとて、人集りもてはやすことありけり。其人、いふ。
「吾、深山に入(いり)て一道人(いちだうじん)に逢ひ、いろいろの奇術を學びたり。これより江戶にいでて、人の爲になることども致(いたさ)んと欲す。此わたりの邊鄙にてはさしたる教(をしふ)べきことなし。但(ただ)、水に入て死なざる法位(ぐらゐ)の事なり。」
といふ。
人々、いふ。
「それは容易ならざる事なるべし。」
といへば、
「左(さ)にあらず、口傳(くでん)也。一度學べば、終身、水に死(しぬ)ることなし。然れども、其法を修するに、荒業をなさざれば、教ゆること、能はず。得難き供物等を、多く山神(やまがみ)に備(そな)ふる事なれば、金八兩斗(ばか)り、物入(ものいり)もかゝる事也。一度、かくすれば、一度に廿人斗りは、教ゆべし。」
といゝけり[やぶちゃん注:ママ。]。
人々、
「一段の事なり。」
とて、廿人斗り寄合(よりあひ)て、金八兩を出(いだ)す。
されば、金二兩、請取(うけとり)、山に入、日々、荒業するよしにて、
「七日滿ずる日に至らば、人々、寄合べし。他聞(たぶん)を諱(い)む事なれば、書付となして、授くべし。」
とて、日々、山に入けり。
六日の夜、金子不ㇾ殘(のこらず)請取、紙に幾重となく包みたる者を出(いだ)し、
「又、山に入(いる)。」
とて、
「此包(つつみ)、今夜、四つ時に寄合て、ひらくべし。水に入て死(しな)ざる法、自然(おのづ)と會得すべし。」
といへり。
其夜、刻限迄に寄合て、段々と開きて、最後に至れば、ほうしやうの紙に、人の足を畫(ゑが)き、すねの中程に、朱にて橫に筋を引(ひき)、「これより深き水に入べからず」と書(かき)て有(あり)けり。
人々、顏を見合せて、急に解しがたく、いろいろ考ふれども、別に深義ありとも覺へず、
「扨は。あざむかれたり。」
とて、其人を尋(たづぬる)に、山に入とて出(いで)しは、午時(ひるどき)前の事なれば、いづち行けん、見へず。
跡にて、其術を聞くに、
「刀、自然(おのづ)と拔出(ぬけいづ)る法」
「盃に酒を盛上(もりあぐ)る法」
「釣花活(つりはないけ)・はら人形(ひとがた)手の平に立(たつる)」
「燈心にて大石(おほいし)を釣る法」
等にて、皆、緣日に出(いで)て、「手づまの傳授」とて、する法なり。
かく邊鄙にては珍らしき故、あざむかれし也けり。
[やぶちゃん注:イカサマ妖術師譚。臨場感を出すために、改行を施した。
「野州」下野(しもつけ)の国の異名。現在の栃木県。
「質樸」「質朴」に同じい。
「邊鄙」田舎。
「道人」世捨人。ここは、仙人みたような人物を指す。
「一段の事なり」格別なる術で御座いますな!
「他聞を諱(い)む事なれば」世間に知られると、差し障りがある秘法であるからして。
「四つ時」午後十時頃。
「ほうしやうの紙」奉書紙(ほうしょがみ)のことであろう(但し、こうは読まない)。中世に始まり、特に近世になって最高級の公文書用紙として盛んに漉かれた楮紙(こうぞがみ)。公文書の形式、将軍など上位の者の命令を直接その名前を出さずに下位の者が仰せを奉って書く「奉書」という間接的下達(かたつ)の方式があり、その奉書を記した上等な楮紙をも、次第に「奉書」と呼ぶようになった。江戸時代に各藩の御用漉きなどを中心として、数多くの産地で奉書紙が漉き出されるようにあったが、その中でも日本一と称されたほどに高い評価を得たのは、越前五ヶ村で漉かれた「越前奉書」であった(平凡社「世界大百科事典」に拠った)。八両も詐欺で得るのであるから、最後の最後のそこだけは、いい紙を用いたのであった。なかなか狡猾な演出である。
「すね」脛。
「急に解しがたく」朴訥にして無学な民であったが故に、その絵に何らかの呪的な意味がある(「別に深義あり」)ものかとも思い、しかし、そこに書かれた「有り難い」呪文の意味が直ぐには判らずに。無論、意味は実はマンマで、脛の中ほど以上の水に入らなければ、溺れ死ぬことはないという分かり易いトンマな呪言(?)なのであったが。
「午時(ひるどき)」既に十時間以上が経過している。
「刀、自然(おのづ)と拔出(ぬけいづ)る法」人が触れることなく、刀が、鞘から自然に抜け出る秘術。脂(鯉口に塗る)と細い絹糸などを用いたマジックであろうと思われる。
「盃に酒を盛上(もりあぐ)る法」当り前の表面張力。
「釣花活(つりはないけ)・はら人形(ひとがた)手の平に立(たつる)」読みは総て推定。最後に「法」が省略されたもの。「はら人形」は恐らく、「夏越(なごし)の祓(はらひ(はらい))」等に用いる、紙で出来た人形代(ひとかたしろ)のことで、底が平たくなく、そのままでは安定しない釣花生けの瓶や筒やぺらぺらの人形(ひとがた)を掌に直立させるマジック。
「燈心にて大石を釣る法」灯芯にごく細い針金を仕込み、張りぼての石にすり変えれば、容易。
「緣日に出(いで)て「手づまの傳授」とて、する法」「てづま」は「手妻・手爪」などと書き、ちょっとした手先で巧みに見せる他愛ない手品・奇術のこと。ありがちな、祭りの縁日の怪しげな香具師(やし)の怪しいそれである。]
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