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2018/09/02

《芥川龍之介未電子化掌品抄》(ブログ版) 斷 章

  

[やぶちゃん注:一九六七年岩波書店刊葛巻義敏編「芥川龍之介未定稿集」(本底本)の「初期の文章」に載るものに拠ったが、葛巻氏はこれを「第一高等学校時代」のパートに入れているものの、特にその根拠を示していないし、同パートで前に入っている「菩提樹――三年間の回顧」「ロレンゾオの戀物語」「寒夜」のようには文末に推定執筆年のクレジットも表示されていない(『(断片)』とあるのみ)。但し、葛巻氏はこのパートの後に「中学時代」(㈠と㈡有り)と「小学時代」が逆編年体で続く形で構成されているから、氏は各パート内も逆編年順に並べている可能性が高い。但し、「寒夜」の冒頭注で私が疑義を呈した通り、彼の執筆時期推定には甚だ疑問がある。取り敢えず、葛巻の指定に無批判に従って創作時期を「第一高等学校時代」とするならば、明治四三(一九一〇)年九月十三日(第一高等学校一部乙類(文科)入学日)から大正二(一九一三)年七月一日の一高卒業までの、龍之介十八歳から二十一歳の閉区間とはなる。しかし、くどいが、「寒夜」の冒頭注での執筆時期の私の推のように、これもそれより前に溯る可能性も否定出来ないことは含みおかれて読まれるのがよいかと存ずる。序でに難癖をつけておくと、この「斷章」という題も本当に原稿に書かれているのかどうか、私には疑問が残るのである。作家を目指すも目指さない決まっていなかった龍之介が、作家になってからもそうは使わなかった「斷章」などというタイトルを創作文に附したとは、ちょっと考えに難いからである。

 なお、空欄はママで、〔 〕の文字は葛巻氏が補正追加した字である。

 「餌壺」(ゑつぼ)は鳥の餌を入れる容器のことである。

 因みに私はこの断片に異様に心惹かれる――

 私はこれをモノクロームのショート・フィルムで撮ってみたくてたまらない――タルコフスキイ!……

 ……チケリ!……チケリ!……という鎚音が聴こえ……老人の後ろ姿が見えてくる……

 ……この少年は……

 芥川龍之介であると同時に……

 私自身……だ…………

 

     斷 章

 

 白い土藏の下で十ばかり〔の〕女の子とまゝごとをしてゐた。

 褪紅色の帶をしめて 白地の單物をきて、藍色の大きなリボンをかけた 色の白い子であつた。長い睫の下から、うるんだ眼でじつと人の顏を見る癖のある子であつた。

 その子は自分を蓆の上にすはらせて、小さな蒔繪の御椀に、ぺんぺん草をきざんだのをいれて、

「どうか召上つて下さいまし、おいしくは御座いませんけども」と云つた。自分の前には、水のはひつた硝子の德利がある。砂をもつた黄の餌壺がある。さうして千代紙の三寸ばかりの屛風が二つ立ててある。女の子は

「それがおいやなら、これを上つて頂戴」

 と云つて、大きな晝顏の花を、掌へのせて自分の胸の前へ出した。花びらはいもりの腹のやうな色であつた。自分は、おやと思つた。

「こんなものをどこから、とつて來たんです」

「御くらのうしろで石屋さんが石をきつてゐるの、そこに澤山さいてゐるわ」

 しばらくして自分は、土藏のうしろへ行つた。成程、あかい晝顏の花が一面にさいて、その中に禿頭の老人が後向になつてちけり、ちけりと、石をきつてゐる。花崗石のやうな石は鎚のびゞく度にかけて落ちる。老人は後をむいたなり石を動かしてゐる。石は鎚のひゞく度にかけておちる。

 自分は女の子にやらうと思つて晝顏の花を七つつんだ。さうして又もとの土藏の前へかへつて來た。女の子はどこかへ行つたと見えて、蓆も、千代紙の屛風ものこつてゐなかつた。自分は、丁寧に七つの晝顏の花を、蓆のしいてあつた土の上へならべて女の子のかへつて來るのをまつてゐた。……

 白壁には日の光が一面にあたつてゐる。

 

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