反古のうらがき 卷之二 覺へ誤り
○覺へ誤り[やぶちゃん注:ママ。]
或醫師、和蘭(おらんだ)の藥を用ゆるとて、藥名「ソツピル」といふを誤りて「ソツタレ」といゝき。異國の辭(ことば)は覺ゆるにかたくて、おゝくは物によそへて覺ゆることなれども、やゝもすれば覺へ誤りて、ひがこといふもの、おほし。此くすしの覺へ誤りしは何にかよそへしより誤れるといふに、諺に「いひかひなきもの」を「クソツタレ」とも、又、「クソツビリ」ともいふ。是によそへしをあやまりしかと思へば、ひと言(こと)の誤りも、其心のいやしきは、しらるゝ者ぞかし。予の素讀の弟子に、「喜怒哀樂」といふを「ロジ哀樂」と覺へ誤りしことありき。是等も、とわずして其よそへしことのしらるゝなり。
[やぶちゃん注:「ソツピル」梅毒に有効とされた軽粉(はらや:水銀の粉末。白粉(おしろい)にも用いられた)のこと。根本曽代子氏の論文「近代製薬工業発達の要因と背景」(『薬史学雑誌』一九七七年刊(第十二巻第十二号)所収)(PDF)に)拠った。綴りは不明。
『「喜怒哀樂」といふを「ロジ哀樂」と覺へ誤りし』「キド」を「木戸」と宛て記憶しようとしたのを、木戸がある裏の「路地」の連想が自動的に働いてしまって「ロヂ」となってしまったものか。]