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« 古今百物語評判卷之四 第九 舟幽靈附丹波の姥が火、津國仁光坊事 | トップページ | 和漢三才圖會第四十三 林禽類 鳹(ひめ・しめ) (シメ) »

2018/10/26

和漢三才圖會第四十三 林禽類 桑鳲(まめどり・まめうまし・いかるが) (イカル)

Ikaru

まめどり   竊脂 青雀

まめうまし  蠟觜雀

いかるか

 

サンプウ

[やぶちゃん注:「」=(上)「戸」+(下)「鳥」。]

 

本綱桑山林有之大如鴝鵒蒼色有黃斑點好食粟稻

其觜喙微曲而厚壯光瑩或淺黃淺白或淺青淺黑或淺

玄淺丹其類有九種皆以喙色別之非謂毛色也今俗多

畜其雛教作戯舞

三才圖會云蠟觜鳥似雀而大嘴如黃蠟色故名能歌舞

聽人曲調則以嘴啣紙糊瞼子搬演法戯移腔換套必按

音節又有一種鐵嘴鳥

                  宣高

 著聞集いかるかよ豆うましとは誰もさそひしりこきとは何を鳴くらん 

按桑狀小於鳩項黑腹背灰青色羽末黑有白斑嘴

 微曲而厚淺黃白色尾短好食豆粟故名豆甘美【俗以爲豆

 迥】常鳴春月能囀【如言比志利古木利】倭名抄鵤【伊加流加】斑鳩【同共誤也】

 

 

まめどり   竊脂〔(せつし)〕 青雀

まめうまし  蠟觜雀〔(らうしじやく)〕

いかるが

 

サンプウ

[やぶちゃん注:「」=(上)「戸」+(下)「鳥」。]

 

「本綱」、桑、山林に、之れ、有り。大いさ、鴝鵒(ひよどり)のごとし。蒼色にして黃斑點有り。好みて粟・稻を食ふ。其の觜-喙〔(くちばし)〕、微〔かに〕曲〔(きよく)〕にして、厚〔く〕壯〔(つよ)〕し。光瑩〔(くわうえい)あり〕。或いは淺黃・淺白、或いは淺青・淺黑、或いは淺玄〔(ぐろ)〕・淺丹〔(に)〕。其の類、九種有り、皆、喙の色を以つてす。之れを別かつに、毛色を謂ふには非ざるなり。今、俗、多く其の雛を畜〔(か)〕ひて、戯〔れの〕舞〔ひ〕を作〔(な)す〕を教ふ。

「三才圖會」に云はく、『蠟觜鳥は雀に似て大〔なり〕。嘴、黃蠟〔(わうらう)〕の色のごとし。故に名づく。能く歌舞す。人の曲調を聽くときは、則ち、嘴を以つて、紙を啣〔(ふく)〕み、瞼-子〔(ひとみ)〕を糊〔(のり)〕して、演法を搬〔(うつ)〕す。戯〔れに〕腔〔を〕移〔して〕套〔(たう)〕を換〔ふるも〕、必ず、音節を按ず。又、一種、有り、「鐵嘴鳥」〔といふ〕』〔と。〕

[やぶちゃん注:「三才図会」の後半部は訓点が殆んどない。悪意を以って言うと、良安は読めなかったのではないかとも思われる。訓読は全く私の力技に過ぎないので、ご注意あれ。]

 「〔古今〕著聞集」        定高

   いかるがよ豆うましとは誰〔(たれ)〕もさぞ

      ひじりこきとは何を鳴くらん 

按ずるに、桑、狀、鳩より小さく、項〔(うなじ)〕、黑。腹・背、灰青色。羽の末〔は〕黑〔くして〕白斑有り。嘴、微かに曲りて厚く、淺黃〔(あさぎ)の〕白色。尾、短し。好みて豆・粟を食ふ。故に「豆甘美(〔まめ〕うまし)」と名づく【俗に以つて爲「豆迥〔(まめまはし)〕」と爲す。】常に鳴く。春月、能く囀る【「比志利古木利〔(ひじりこきり)〕」と言ふがごとし。】。「倭名抄」に『鵤【伊加流加〔(いかるが)〕。】・斑鳩【同。】』〔とあれど〕、共に誤りなり。

[やぶちゃん注:最後の部分は「和名類聚鈔」を確認、最後の割注の「同」の後の部分は良安の評言が紛れ込んでいる。これは誤りではなく、原典を見ると、次の項との兼ね合いで字が詰まって空きがなくなってしまったことから、ここに押し込んだものと推定される。そういう訳で、注の外に出した。]

[やぶちゃん注:スズメ目アトリ科イカル属イカル Eophona personata。漢字表記では、現行、「鵤」「桑鳲」(「鳲」(音「シ」)はカッコウ科 Cuculidae 或いはカッコウ属 Cuculus のカッコウ類を広範に指す漢字で、本文の「」と類似する。この「」は中文サイトでも発見出来ないので、或いは良安の「尸」の転写ミスも考えられる)。ウィキの「イカル」を引く。『木の実を嘴(くちばし)で廻したり』、『転がしたりするため』、『古くは「マメマワシ」や「マメコロガシ」、木の実を好んで食べるため』、『「まめうまし」、「豆割り」などと呼ばれた。イカルという名の由来は奈良県の斑鳩とも鳴き声が「イカルコキー」と聞こえるからとも言われるが、定かではない。また』、『「イカルガ(斑鳩)」と呼ばれることもあるが』、『厳密には「斑鳩」の文字を使うのは誤用であり、「鵤」は角のように丈夫な嘴を持つ事に由来する』(太字下線やぶちゃん)。『ロシア東部の沿海州方面と日本で繁殖し、北方の個体は冬季に中国南部に渡り』、『越冬する』。『日本では北海道、本州、四国、九州の山林で繁殖するが』、『北日本の個体は』、『冬季は本州以南の暖地に移動する』。『全長は約』二十三センチメートル。『太くて大きい黄色い嘴を持つ。額から頭頂、顔前部、風切羽の一部が光沢のある濃い紺色で体の上面と』、『腹は灰褐色で下腹から下尾筒は白い。初列風切羽に白斑がある。雌雄同色である』。『主に樹上で生活するが、非繁殖期には地上で採食している姿もよく見かける。木の実や草の種子を採食する。時には、昆虫類も食べている』。『繁殖期はつがいで生活するが』、『巣の周囲の狭い範囲しか縄張りとせず、数つがいが隣接してコロニー状に営巣することが多い。木の枝の上に、枯れ枝や草の蔓を組み合わせて椀状の巣を作る。産卵期は』五~七月で、三、四個の『卵を産む。抱卵期間は約』十四『日。雛は孵化してから』十四『日程で巣立つ』。『非繁殖期は数羽から数十羽の群れを形成して生活する』、『波状に上下に揺れるように飛翔する』。『各地に様々な聞きなしが伝わ』り、例えば、『比志利古木利(ひしりこきり)』・『月日星(つきひほし)』とある。なお、後者のそれから、本種は「三光鳥」とも呼ばれるが、正式和名をそう持つ全くの別種のスズメ目カササギヒタキ科サンコウチョウ属サンコウチョウ Terpsiphone atrocaudata がいるので、注意が必要である。

「竊脂〔(せつし)〕」「蠟觜雀〔(らうしじやく)〕」はその嘴の色が標準的には太く大きな黄色を呈することから、「蝋(ろう/あぶら)を竊(ぬす)む」鳥、「三才図会」にあるように、「黃蠟〔(わうらう)〕の色の」よう、則ち、「蝋燭に用いる黄蝋の色の嘴を持った雀」というのであろう。

「いかるが」地名として奈良県生駒郡斑鳩町が知られるが、この「いかるが」という名の由来は定かではない。一説にはこの地に本種が群をなしていたため、また、聖徳太子が法隆寺の建立地を探していた際、このイカルの群れが集って空に舞い上がり、仏法興隆の聖地と指し示したとする伝承もある。他にも伊香留我伊香志男命(いかるがいかしおのみこと:不詳。この斑鳩の地の古い産土神(うぶすながみ)か)が、この地の神として祀られていたからとする説もある。

「鴝鵒(ひよどり)」ここでは良安は、スズメ目ヒヨドリ科ヒヨドリ属ヒヨドリ Hypsipetes amaurotisのつもりで、このルビを振っているようだが、これは「本草綱目」の記載で、これはヒヨドリではなく、スズメ目ムクドリ科ハッカチョウ(八哥鳥)属ハッカチョウ Acridotheres cristatellus を指すと考えねばならない。

「壯〔(つよ)〕し」東洋文庫版ルビに従った。

「光瑩〔(くわうえい)〕」滑らかで光沢があり、それが光り輝くこと。

「淺黑、或いは淺玄〔(ぐろ)〕」後者の「玄」は真黒ではなく、赤又は黄を含む黒色を指す。

「紙を啣〔(ふく)〕み」目的不明。

「糊〔(のり)〕して」閉じて。

「演法を搬〔(うつ)〕す」人の演奏した曲調をそのまま真似する。

「戯〔れに〕」飼っている人が主語。

「腔」中国の劇音楽の曲調に「腔調(こうちょう)」があるが、それを指すか?

「套」東洋文庫注に『曲の数調が連なったもの』とある。

「音節を按ず」人の演奏している、その音節にピッタリと合わせる。

「鐵嘴鳥」中文サイトのこちらに、『鐵嘴(行鳥)』とし、『Greater Sandplover』(英名)、『Charadrius leschenaultii』とある。しかしこれは、チドリ目チドリ科チドリ属オオメダイチドリ Charadrius leschenaultii で、本種とは縁遠い。しかし、次の独立項の、スズメ目スズメ亜目スズメ小目スズメ上科アトリ科 Carduelinae亜科シメ属シメ Coccothraustes coccothraustes 中文ウィキの「嘴雀を見ると、異名に「鉄嘴蜡子」があり、このシメはイカルに似ている。しかも「蜡」とは「蠟を塗る」の意なのだ。或いはこれではないか?

「〔古今〕著聞集」「定高」「いかるがよ豆うましとは誰〔(たれ)〕もさぞひじりこきとは何を鳴くらん」「宣高」と誤判読している(宣高などという人物は「古今著聞集」に登場しない。東洋文庫の訳者が原典にさえ当たって確認していないことが判る)。これは鎌倉中期に伊賀守橘成季によって編された説話集「古今著聞集」の「巻第二十二 魚虫禽獣」の「二條中納言定高、斑鳩を壬生(みぶの)家隆に贈るとて詠歌の事」に載る一首である。以下が原文全文。

   *

 二條中納言定高卿、斑鳩を家隆卿のもとへをくるとて、よみ侍ける、

  斑鳩よまめうましとはたれもさぞひじりうきとは何をなくらん

   *

「二条定高」(建久元(一一九〇)年~暦仁元(一二三八)年)は鎌倉前期の公卿。藤原北家勧修寺流九条家。参議九条光長の子。官位は正二位・権大納言、按察使。二条東洞院に邸宅を有していたため、「二条」と称された。参照したウィキの「二条定高」によれば、『葉室宗行から従四位下を譲られる程、親しかったが、承久の乱においては定高は兄・長房と共に後鳥羽上皇の挙兵に反対する立場に回り、宗行と運命を分けた。九条道家から信頼が厚く、特に承久の乱後にはその政治顧問の最上位を占めて』、『平経高らと道家を支えた。特に承久の乱での経緯から鎌倉幕府からは好意的に見られ、関東申次であった道家の下で実際の幕府との交渉を行っていたのは全て定高であったとされている。また、斎宮であった後鳥羽上皇の皇女・煕子』(きし)『内親王を深草の別邸で引き取ったことでも知られている』とある。新潮日本古典集成(西尾光一・小林保治校注)の「古今著聞集 下」の頭注訳に、『斑鳩よ、お前が「まめうまし」と啼くのは、豆がうまいということだと誰もそう考えているが、「ひじりうき」と啼くのは聖僧がつらいということなのか、どうしてそのように啼くのか』とある。「壬生家隆」は藤原定家と並び称された歌人藤原家隆(保元三(一一五八)年~嘉禎三(一二三七)年)。従二位・宮内卿で「壬生二位」と号した。権中納言藤原光隆の次男。「新古今和歌集」の撰者の一人で、小倉百人一首では従二位家隆として「風そよぐ楢の小川の夕暮は御禊ぞ夏のしるしなりける」が載る。家集は「壬二(みに)集」。「古今著聞集」のこの前の二条も彼と鳥絡みの贈答の記事で、家隆が無類の鳥好きであったことが判る。

『「倭名抄」に『鵤【伊加流加〔(いかるが)〕。】・斑鳩【同。】』〔とあれど〕、共に誤りなり』「和名類聚鈔」の巻十八の「羽族部第二十八 羽族名第二百三十一」には、

   *

鵤 崔禹錫「食經」云、『鵤』【胡岳反。和名「伊加流加」。】、貌似鴿而白喙者也。「兼名苑注」云、『斑鳩』【和名、上同。見「日本紀私記」。】、觜大尾短者也。

   *

とある。]

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