萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 蛙の死
蛙 の 死
蛙が殺された、
子供がまるくなつて手をあげた、
みんないつしよに、
かはゆらしい、
血だらけの手をあげた、
月が出た、
丘の上に人が立つてゐる。
帽子の下に顏がある。
幼年思慕篇
[やぶちゃん注:「悲しい月夜」パートの掉尾に置かれている。私が最も偏愛する一篇。ここには恐るべき「永遠の少年」(puer
eternus:プエル・エテルヌス)のトラウマが隠されている。私はずっと昔から、この一篇をイメージ・ショート・フィルムに撮りたい欲求を抑えきれない。初出は『詩歌』大正四(一九一五)年六月号。特に大きな変化はない(但し、「幼年思慕篇」の附記はない)が、以下に示す。
*
蛙の死
蛙が殺された、
子供がまるくなつて手をあげた、
みんないつしよに、
可愛いらしい、
血だらけの手をあげた。
月が出た、
丘の上に人が立つて居た、
帽子の下に顏がある。
*
個人的には映像的なシナリオとして読む時、初出は「血だらけの手をあげた。」の句点に軍配を挙げるが、共時的コントラプンクト(対位法)のモンタージュとしては「丘の上に人が立つてゐる。」の現在進行形がよい。例えば、モノクロで、
●蛙の断末魔(サウンド・エフェクト。オフで)
○殺された蛙。(フェイド・イン。ロング・ショットからゆっくりズーム・イン)【1ショット】
○丸くなって、手を挙げる子供たち。(上からフル・ショットで子どもたちが全方向からイン)【1ショット】
○みんな、一緒になって挙げる「かはゆらしい」、「血だらけの」手、手、手(カット・バック)【5ショットほどでよろしく】
○月の出。【1ショット】
○丘の上に立っている人。(ロング・ショット)【1ショット】
○夜の空。(ゆっくりティルト・ダウンして)帽子、そして帽子の庇、そして、その下の奥の翳に開く、両眼。【1ショット】
といった感じだ。]
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