萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 竹 (同題異篇)
竹
光る地面に竹が生え、
靑竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より纎毛が生え、
かすかにけぶる纎毛が生え、
かすかにふるえ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
靑空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
[やぶちゃん注:初出は、『詩歌』大正四(一九一五)年二月号。「竹 萩原朔太郎(「月に吠える」の「竹」別ヴァージョン+「竹」二篇初出形)」でも電子化してあるが、かなり激しい改稿がなされているので、併置して示す。
*
竹
新光あらはれ、
新光ひろごり。
光る地面に竹が生え、
靑竹が生え、
地下には竹の根が生え、
根がしだいにほそらみ、
根の先より纎毛が生え、
かすかにけぶる纎毛が生え、
かすかにふるゑ。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節(ふしぶし)りんりんと、
靑空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
祈らば祈らば空に生え、
罪びとの肩に竹が生え。
――大正四年元旦――
*]
みよすべての罪はしるされたり、
されどすべては我にあらざりき、
まことにわれに現はれしは、
かげなき靑き炎の幻影のみ、
雪の上に消えさる哀傷の幽靈のみ、
ああかかる日のせつなる懴悔をも何かせむ、
すべては靑きほのほの幻影のみ。
[やぶちゃん注:この詩篇は標題がない。目次にも示されていないから、この詩篇は二篇の「竹」の後に附した詩篇として読まれるようにはセットされている(右ページに上記の「竹」の終りの二行があり、絵と詩篇が右ページに文字のポイントを本篇詩篇より有意に小さくして載っている)。全集にも初出・異同等の資料が全く附帯しないから、本詩集刊行時に新たに創作して附したものなのであろう。また、本篇に限っては詩篇の初出はない。本詩集刊行までは全くの未発表の詩であったと考えられる。或いは、本詩集刊行に際し、前後の詩篇に合わせて新たに創作された可能性もあるか。さらに、この詩篇の上にある、モノクロームの奇妙な以上の絵は、私は漠然と無批判に田中恭吉のものと思い込んでいたが、挿絵の目次にも示されていないし、全集の解題にある田中と恩地の絵の枚数にも含まれていない。さすれば、この奇体な抽象画のようなものは、彼らの絵ではないことになり、そうなると、萩原朔太郎の手すさびのデッサンということなのだろうか? この絵について何か御存じの方はお教え願いたい。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇(同題の前の「竹」とは確然と区別されてある)の草稿として『「竹」(本篇原稿五種九枚)』として、以下の二篇がチョイスされて載る(標題は一篇は「新光」、一篇は「光る靑竹」或いは「靑竹と祈禱」の並置残存)。一篇目の中のアラビア数字「1」「2」「3」は朔太郎自身が附したもの。
*
新光
一月一日作
ああ、なんぞやけふの蒼天
いつさいのものは肩にあり。
竹が生え
光る地面に竹が生え、竹、竹、竹が生え→りんりんとして竹が生え靑竹が生え
竹が生え→靑竹、竹、竹が生え
地下には竹の根が生え
根がのびてゆき竹の根が生えひろごり
けぶれる竹の根より纖毛が生え
かすかにけぶる纖毛が生え
かすかにふるえ、[やぶちゃん注:「ふるえ」はママ。]
1かたき地面に竹が生え
地面にするどき竹が生え
靑竹が生え2まつしぐらに竹が生え2
りんりんとして靑竹が生え、その竹ずたひ水がなれ[やぶちゃん注:「竹ずたひ」「水がなれ」はママ。]
するどく光り蒼天に3
その竹づたひ水ながれ竹竹竹が生え
りんりんとして祈り竹が生え
竹竹竹が生え
いのらばいのらば空に生え
つみびとの肩に竹が生え
竹と新光
光る靑竹
靑竹と新光祈禱
ああ、なんぞや→ああ、 けふの 光る蒼天、
いつさいのくもの→光は ものは肩にあり
光る蒼天光るあらはれ、
光る蒼天蒼天ひろごり
新光あらはれ
新光ひろごり
光る地面に竹が生え
靑竹が生え
地下には竹の根が生え
根がしだいに細くなりらみ萠え
根はしんしんとひろごりゆき根が
竹の根の先より纖毛が生え
かすかにけぶる纖毛が生え
かすかにふるえ、[やぶちゃん注:「ふるえ」はママ。]
かたき地面に生竹が生え
地上にするどく竹が生え
まつしぐらに竹が生え
するどく光り竹が生え
その
りんりんとして竹が生え
氷れる竹の根節々りんりんと
蒼天のもと→蒼天靑空のもとに竹が生え
竹竹竹が生え
いのらばいのらば空に生え
罪びとの肩に竹が生え
蒼天あらはれ
蒼天ひろごり
新光あらはれ
新光ひろごり
――大正四年一月元旦――
*
さらに、実は、これに続いて、『○(本篇原稿一種一枚)』と記す、所謂、この奇体なオブストラクトに添えられた詩篇の草稿もあるので、以下に示す。草稿では「靑い炎」という題がついている。
*
靑き炎の幻影
――淨罪詩扁――奧附――
合掌せる肩の上にあらはれ
鬼はすべてを示せり
みよすべては示されたりしが
すべては我にあらざりき
くみるみるいつさいはまことに現はれしは
みるみる靑き炎の幻影のみ
雪の上に消え去る幻影のみ哀傷の幽靈のみ
ああかゝる切なる懺悔をも何かせむ
すべては靑き炎の幻影のみ、
*
これに私は――思わず叫んだ!――「Blue spirit blues」というわけだったのか!?――と…………]
]
« 萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 竹 | トップページ | 萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 すえたる菊 »