萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 贈物にそへて
贈物にそへて
兵隊どもの列の中には、
性分のわるいものが居たので、
たぶん標的の圖星をはづした。
銃殺された男が、
夢のなかで息をふきかへしたときに、
空にはさみしいなみだがながれてゐた。
『これはさういふ種類の煙草です』
[やぶちゃん注:本詩集で初めて発表された詩篇。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『贈物にそへて(本篇原稿一種一枚)』として以下の一篇が載る。表記は総てママである。
*
あるひとの贈物にそへて
兵隊どもの中には
眼の性分の惡いものが居て
多分標的の圖星をはづした
銃殺された男はが
あるひ→あくる朝までにやつと息を吹きかへしたときに
長い時間のあひだには長い煉瓦の壁があつた→光つて居た悲しげに光つてきた、
『これはそういふ種類の煙艸です』
*]
[やぶちゃん注:田中恭吉の「死人とあとにのこれるもの」。生誕百二十年記念として和歌山県立近代美術館で催された「田中恭吉展」の「出品目録」(PDF)によれば、大正三(一九一四)年十二月の作で『インク・鉛筆、紙』とある。右ページ(百ページ)に「贈物にそへて」の最終行「『これはさういふ種類の煙草です』」一行だけが印刷されていて、左ページに短い上記の右辺を下にした形で配置されている。しかし、それは原画の正立像を九十度右に回転させて貼り込んだもので、この絵は本を左に九十度回転させて鑑賞しなければならないのである。この絵の長辺は絵の枠が正直線でないため、このままの大きさで貼り込むには最低でも横幅が十二・二センチメートルが必要である。ところが、本詩集の本文部分の用紙の横幅は約十三・五センチメートルしかなく、しかも綴目による視認の阻害を考えると、使用可能な幅は最大十二・五センチメートル以下であり、とてもこの絵を正立像で鑑賞に耐え得るように貼り込む(実際には貼り込まれたもので、挿絵には本詩集巻頭部分の挿画目次でページ数が割り当てられているものの、その数字は実際には、差し込みした前のページのノンブルである)ことは出来ない。無論、以上で私は、当該の絵を正立させて示してある(原本の絵の中の「地」は実際にはクリーム色を呈しているが、今回はシャープさを最優先とし(私の粗末な機器とソフトではカラーでとり込むと、全体がソフトになってぼけた感じになってしまうことが判ったためである)、モノクロームで画素数を上げてとり込んでみた)。]
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