萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 干からびた犯罪
干からびた犯罪
どこから犯人は逃走した?
ああ、いく年もいく年もまへから、
ここに倒れた椅子がある、
ここに兇器がある、
ここに屍体がある、
ここに血がある、
そうして靑ざめた五月の高窓にも、
おもひにしづんだ探偵のくらい顏と、
さびしい女の髮の毛とがふるへて居る。
[やぶちゃん注:「屍体」及び「そうして」はママ。私の偏愛する一篇。初出は『詩歌』大正四(一九一五)年六月号。「ああ、」の読点がなく字空け、「いく年もいく年も」が「何年も何年も」、「死体」が「死體」、「おもひにしづんだ探偵のくらい顏と、」が「想(おもひ)にしづんだ探偵のくらい顏と、」となっている以外は変更はない(「そうして」は初出でも同じである)。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『干からびた犯罪(本篇原稿三種三枚)』としつつ、一篇がチョイスされて載る。以下に示す。表記は総てママである。
*
罪の行方→犯人→日影
干からびた犯罪
どうしてどかこらあの犯人は逃走した?
ああ何年たつてもも何年もまへから
こゝにたほれた椅子がある
こゝに兇器がある
こゝに屍體がある
こゝに血がある
どこから彼は逃走し た?
そうしてどこへかくれたか、
そうしてみろ、靑ざめた五月の高窓にも
思ひにしづむだ探偵のくらい顏と
ふるへるさびしい女の髮の毛とがふるへて居る
探偵の 雲雀は女の髮の毛をおとしていつた
*]
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