萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 危險な散步
危險な散步
春になつて、
おれは新らしい靴のうらにごむをつけた、
どんな粗製の步道をあるいても、
あのいやらしい音がしないやうに、
それにおれはどつさり壞れものをかかへこんでる、
それがなによりけんのんだ。
さあ、そろそろ步きはじめた、
みんなそつとしてくれ、
そつとしてくれ、
おれは心配で心配でたまらない、
たとへどんなことがあつても、
おれの歪んだ足つきだけは見ないでおくれ。
おれはぜつたいぜつめいだ、
おれは病氣の風船のりみたいに、
いつも憔悴した方角で、
ふらふらふらふらあるいてゐるのだ。
[やぶちゃん注:太字「ごむ」は底本では傍点「ヽ」。初出は『詩歌』大正四(一九一五)年六月号。「それにおれはどつさり壞れものをかかへこんでる、」が「それにおれはどつさり壞(こは)れものをかかへこんでゐる、」となっており、「そろそろ步きはじめた」が「そろそろ步きはぢめた」、「おれは心配で心配でたまらない、」は「じつさいおれは心配で心配でたまらない、」、「おれは病氣の風船のりみたいに、」は「だから病氣の風船乘りみたいに、」、「あるいて」が「步いて」となっている。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『危險な散步(本篇原稿三種二枚)』としつつ、二篇(無題と「足音のしない人の散步」がチョイスされて載る。以下に示す。表記は総てママである。アラビア数字は朔太郎が附したもの。
*
○
1春になつて
2おれはあたらしいくつのうらにつけた
どこをいつあるいても3どんなにさびしいれた道路步道をあるいても
4あのいやらしい音がしないやうに
5さあ、おれが步きだしたはぢめた
6みんなおれのことならそつとしておくれ
7そつとしておくれ
おれは、少しこわれものをもつて居るだ
おれにさわらないでおくれ
おれはたとへ死んでもこひ死をしても
おまへの→あんな人間のとこへなんて二度といきはしない
おれは風せん玉のやうに
おれの氣のむいたところを
用心しながら
ふらふらふらふらあるいて居るのだ
僕の散步
足音のしない步行人の散步
春になつて
おれは新らしいくつのうらにごむをつけた
どんなさびれた粗製の步道をあるいても
あのいやらしい音がしないやうに
それにおれはどつさりこわれものをかかこんで居る
そいつがなによりけんのんだ
さあ、そろそろ步きはぢめた
みんなそつとしてくれ
そつとしてくれ
じつさいおれは心配で心配でたまらない
たとへどんなことがあつても
おれのゆがんだ足つきだけは見ないでくれずに居てくれ
しかし、だがおれはぜつたいに自由だ
おれはだからおく病氣の風せんのりのやうに憔悴した方角で
へん な てこな方角を→惟倅した空 氣 中を
ふらふらふらふら步いて居るのだ、
*]
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