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2018/10/20

和漢三才圖會第四十二 原禽類 燕(つばめ) (ツバメ)

Tubakurame

つばくらめ   乙鳥 玄鳥

つばめ     鷙鳥 鷾鴯

        游波 天女

【鷙同】

      【和名豆波久良安

ヱン      俗云豆波久良

        又云豆婆女】

 

本綱燕大如雀而身長口豐頷布翅岐尾背飛向宿其

鳴自呼曰乙營巢避戊巳日春社日來秋社日去其來也

啣泥巢於屋宇之下其去也伏氣蟄於窟穴之中或謂其

渡海者謬談也【和俗亦燕謂徃來於常盤國者皆非】燕巢有艾則不居凡狐

貉皮毛見燕則毛脱鷹鷂食燕則死蛟龍嗜燕【物理使然】

越燕 紫胸輕小者【此常之燕】

胡燕 斑黑而聲大者其作窠長能容二匹絹者令人家

 富也按胡燕【和名阿萬止里】俗云深山燕也

白燕 京房云人見白燕主生貴女故燕名天女

燕肉【酸平】 有毒損人神氣不可食如食燕人不可入水蛟

 龍好燕故爲所吞矣祈禱家用燕召龍亦一理也

                    爲家

 夫木きさらきのなかはに成と知かほに早くも來けるつはくらめかな

按燕玄衣白頸赤黃頷春來秋去與雁鳬爲表裏其飛

 翔也甚捷直翻仰亦能飛所他鳥不能故鷹鷂不敢敵

 往來于人家求窠處人覺之束藁徑三四寸許如盤豫

 作巢形縋於家内棟下而與之則燕喜營巢凡一營巢

 之家歳歳不忘失而來其窠固密不可言用泥和髮毛

 或稈心宛如堊塗其智勝于巧婦鳥矣雌雄交代啣餌

 來哺之其雛稍長則出巢端可落而不落潜視之有髮

 毛繫雛脚又經日至當飛去時則母鳥斷所繫毛亦奇

 也既飛去後復皆來頡頏廻旋如謝禮狀而去

 有一窠無故雛皆死於是見其口中有麥禾松刺等蓋

 此母鳥死後母鳥所爲也徃徃見如此者

 有蛇吞燕雛復來將吞而却蛇堕巢下腹裂斃閲之有

 一縫針倒鋒樹巢口燕之智堪恠而其針獲於何處乎

 

 

つばくらめ   乙鳥〔(いつてう)〕 玄鳥

つばめ     鷙鳥〔(してう)〕

        鷾鴯〔(いじ)〕

        游波 天女

【鷙も同じ。】

      【和名、「豆波久良安」。

ヱン      俗に「豆波久良」と云ひ、

        又、「豆婆女」とも云ふ。】

 

「本綱」、燕は、大いさ、雀のごとくにして、身、長く、(はさ)める口、豐かなる頷〔(あご)〕、布〔(し)〕く翅〔(つば)〕さ、岐〔(また)〕の尾、背(あふのけ)に飛びて、向宿〔(かうしゆく)〕す。其の鳴くこと、自〔(みづか)〕ら呼びて「乙(イツ)」と曰ふ。巢を營(つく)るや、戊巳〔(つちのえみ/キシ)〕の日を避く。春の社〔(しや)〕の日に來りて、秋の社の日に去(い)ぬる。其れ、來〔(きた)〕ることや、泥を啣(ふく)んで屋宇の下に巢(すく)ふ。其れ、去るや、氣を伏して、窟穴〔(いはあな)〕の中に蟄(すごも)る。或いは、『其れ、海を渡る』と謂ふは謬-談(あやまり)なり【和俗も亦、『燕、常盤國〔(とこよのくに)〕を徃來する』と謂ふも、皆、非なり。】。燕の巢に、艾〔(よもぎ)〕有れば、則ち、居らず。凡そ狐・貉(むじな)の皮の毛、燕を見るときは、則ち、毛、脱〔(だつ)〕す。鷹・鷂〔(はいたか)〕、燕を食へば、則ち、死す。蛟龍〔(こうりよう)〕は燕を嗜(す)く【物の理、然(しか)らしむるなり。】。

越燕 紫の胸、輕く小なる者【此れ、常〔(つね)〕の燕。】。

胡燕(みやまつばめ) 斑〔(まだ)〕ら、黑くして、聲、大なる者。其の窠〔(す)〕を作る〔や〕長〔くして〕、能く二匹の絹を容(い)るゝ。人家をして富ましむるなり。按ずるに、「胡燕」【和名、「阿萬止里〔(あまどり)〕」。】は、俗に云ふ「深山燕」なり。

白燕 京房が云ふ、『人、白き燕を見るときは、貴女を生ずることを主〔(つかさど)〕る。故に、燕を「天女」と名づく』〔と〕。

燕の肉【酸、平。】 毒、有り、人の神氣を損ず。食ふべからず。如〔(も)〕し、燕を食ひたる人は、水に入るべからず。蛟龍、燕を好(す)く故、爲めに吞まれる〔なればなり〕。祈禱家に燕を用ひて龍を召す〔は〕亦、一理〔ある〕なり。

 「夫木」

                   爲家

 きさらぎのなかばに成ると知りがほに早くも來けるつばくらめかな

按ずるに、燕は、玄き衣、白き頸(くぢすぢ)、赤黃の頷(をとがひ)〔にして〕、春、來り、秋、去(い)ぬる。雁〔(がん)〕・鳬(かも)と表裏爲〔(た)〕り。其の飛び翔(かけ)るや、甚だ捷(はや)く、直〔(ただち)〕に翻(かへ)り、仰(あをむ)きても亦、能く飛ぶ。他鳥の能はざる所なり。故に、鷹・鷂、敢へて敵せず。人家に往來して、窠(すづく)る處を求む。人、之れを覺(さと)り、藁を束(つか)ね、徑〔(わた)〕り三、四寸許り、盤(さら)のごとくにして、豫(あらかじ)め、巢の形(なり)に作り、家内の棟の下に縋(つりさ)げて、之れを與〔(あた)〕ふ。則ち、燕、喜んで、巢を營(つく)える。凡そ、一たび、巢を營るの家は、歳歳〔(としどし)〕、忘失せずして、來たる。其の窠の固く密なること、言ふべからず。泥を用ひて髮の毛或いは稈-心(〔わら〕しべ)を和〔(ま)〕ぜ、宛(さなが)ら、堊塗(しつくい)のごとし。其の智、巧婦鳥(みそさゞい)に勝れり。雌雄、交代(かはるがはる)、餌を啣(ふく)み、來たりて之れを哺(〔は〕ぐく)むる。其の雛、稍〔(やや)〕長ずれば、則ち、巢の端に出でて、落つべくして、而〔も〕、落ちず。潜〔(ひそか)〕に之れを視るに、髮毛、有り、雛の脚を繫ぐ。又、日を經て、當に飛び去るべき時に至れば、則ち、母鳥、繫ぐ所の毛を斷つ。亦た、奇なり。既に飛び去りて後、復(ま)た、皆、來りて、頡(とびあが)り、頏(とびさが))り、廻-旋(めぐ)りて謝禮する狀〔(かたち)〕のごとくにして去る。

一つの窠、故〔(ゆゑ)〕無くして、雛、皆、死す有り。是〔(ここ)〕於いて、其の口の中を見るに、麥の禾(のぎ)・松の刺(はり)等、有り。蓋し、此れ、母鳥、死して、後の母鳥の所-爲(しわざ)なり。徃徃〔(わうわう)〕、此くのごとくなる者を見る、と云云〔(うんぬん)〕。

 蛇、有り、燕の雛を吞む。復た來りて、將に吞まんとして、却つて、蛇、巢の下に堕ち、腹、裂けて斃〔(し)〕す。之れを閲〔(けみ)す〕るに、一〔(いつ)〕の縫針(ものぬひばり)、有り。鋒(さき)を倒〔(さかさ)〕にして、巢の口に樹(た)つ。燕が智、恠〔(あや)〕しむに堪へたり。而も、其の針、何〔(いづく)〕の處より獲〔(え)〕たるや。

[やぶちゃん注:スズメ目ツバメ科ツバメ属ツバメ Hirundo rustica。古名「つばくらめ」「つばくろ」は、「土食(つちく)み」からとも、「光沢のある照り輝く黒い鳥」を意味する「土喰黒女(つばくらめ)」(「つば」が「光沢のあること」、「クラ」が「黒」、「め」が「すずめ」「かもめ」などの「群れる鳥」を指す接尾語)ともするようだが、よく判らぬ。漢字の「燕」はツバメの飛翔する様を象った象形文字である。以下、ウィキの「スズメ」より引く。『北半球の広い範囲で繁殖する。日本では沖縄県でも繁殖する。日本で繁殖するツバメの主な越冬地は台湾、フィリピン、ボルネオ島北部、マレー半島、ジャワ島などである』。全長は約十七センチメートル、翼開長は約三十二センチメートル。『背は光沢のある藍黒色で、喉と額が赤い。腹は白く、胸に黒い横帯がある。尾は長く切れ込みの深い二股形』を呈する。『翼が大きく、飛行に適した細長い体型である。脚は短く歩行には不向きで、巣材の泥を求めるとき以外は地面に降りることはめったにない』。『鳴管が発達しており、繁殖期になると』、オスは「チュビチュビチュビチュルルルル」と『比較的大きなさえずり声で鳴く。日本語ではその生態を反映して「土食て虫食て口渋い」などと聞きなしされる。さえずりは日中よりも早朝から午前中にかけて耳にする機会が多い』。『飛翔する昆虫などを空中で捕食する。また、水面上を飛行しながら』、『水を飲む』。『一部、日本国内で越冬する個体があり、しばしば「越冬ツバメ」と呼ばれる。特に中日本から西日本各地で越冬し、そのような場合、多くは集団で民家内や軒下などで就塒(しゅうじ)する。日本で越冬している個体が日本で繁殖したものであるのか、それともシベリアなど』、『日本より北方で夏に繁殖したものであるのかはよく分かっていない』。『泥と枯草を唾液で固めて巣を造る。ほとんど人工物に造巣し、民家の軒先など人が住む環境と同じ場所で繁殖する傾向が顕著である。これは、天敵であるカラスなどが近寄りにくいからだと考えられている』。『民家に巣を作る鳥は他にスズメ等がいるが、あえて人間が多い場所に見えるように作る点で』、『他の鳥と大きな差異が見られる』。『巣は通常は新しく作るが、古い巣を修復して使用することもある。産卵期は』四~七月頃で、一腹卵数は三~七。『主にメスが抱卵する。抱卵日数は』十三~十七日で、『その後の巣内での育雛日数は』二十~二十四日。一『回目の繁殖の巣立ち率は概ね』五十%『程度と推定される』。一『回目繁殖に成功したつがいあるいは失敗したつがいのうち、詳細は不明であるが、相当数のつがいがその後』二『回目』、或いは、『やり直しの繁殖をする。雛(ヒナ)を育てている間に親鳥のうちどちらか一方が何らかの理由で欠けると、つがい外のツバメがやってきて育てているヒナを巣から落して殺してしまう行動が観察されている』バードリサーチのツバメかんさつ全国ネットワークのブログ「ツバメブログ2」の「6. ツバメの子殺し」に詳しい。そこには後から孵化した巣に来た別の若いツバメが雛を皆殺しにするショッキングな動画へのリンクがある。自然界ではハヌマンラングールのにも見られる、それほどレアなことではないが、実際に見ると私でも昨今の児童虐待がオーバー・ラップしてしまい、鬱々となった。視認はくれぐれも自己責任で)。『一方で、つがいの内メスが欠けた場合なのかどこからともなく複数の他のツバメが集まり、その中から選ばれたように一羽ツバメが新たなつがい相手となって、子育てを継続するさまも観察されている』。『巣立ちを終えたヒナと親鳥は』、『河川敷や溜池(ためいけ)の葦原(よしはら)などに集まり、数千羽から数万羽の集団ねぐらを形成する。小規模ではあるが、繁殖前や繁殖に参加していない成鳥も集団ねぐらを形成する』。『日本においては、水稲栽培において穀物を食べず害虫を食べてくれる益鳥として古くから大切にされ、ツバメを殺したり巣や雛に悪戯をする事を慣習的に禁じ、農村部を中心に大切に扱われてきた。江戸時代にはツバメの糞は雑草の駆除に役立つと考えられていた。「人が住む環境に営巣する」という習性から、地方によっては、人の出入りの多い家、商家の参考となり、商売繁盛の印ともなっている。また、ツバメの巣のある家は安全であるという言い伝えもあり、巣立っていった後の巣を大切に残しておくことも多い』とある。荒俣宏「世界博物大図鑑」の第四巻「鳥類」(一九八七年平凡社刊)の「ツバメ」によれば(ピリオド・コンマを句読点亥代えた)、英語の「swallow」はドイツ語のツバメを表わす「Rauchshwalbe」の「shwalbe」『シュワルベと同語源で、この鳥を指す古英語 swalwe による』とあり、『スカンディナビアの伝説によると、ツバメはキリスト臨終のさいに、〈Swala! Swala!(慰めよ! 慰めよ!)〉と叫びながら、十字架の周囲を飛びまわった。そこでこの鳥に swalow(慰めの鳥の意)の名がついたという』とある。

「鷙鳥〔(してう)〕」前記の荒俣氏の「世界博物大図鑑」の「ツバメ」によれば、『鷙鳥(しちょう)は荒々しい鳥を示すが、これは』本文にあるように、『タカがこの鳥を食べると死ぬとか、クマタカ』(タカ科クマタカ属クマタカ Nisaetus nipalensis。因みに日本はクマタカの最北の分布域で、北海道から九州に留鳥として棲息し、森林生態系の頂点に位置して「森の王者」とも呼ばれる)『を制するといわれたことによる』とある。

「游波」同じく荒俣氏のそこに『波を立て』、『雨を祈るとされた能力』をツバメが持つと信じられたことによるとある。後で出る通り、和名にも「あまどり」があるが、これも「天鳥」(荒俣氏は『天に棲む鳥という説もある』とされる)というよりも、『この鳥が鳴きながら飛ぶと』、『雨が降ることから雨を占う鳥と解するのが有力である』とある。

(はさ)める口」物を挟むのに都合よく出来た嘴。

「布〔(し)〕く翅〔(つば)〕さ」布を綺麗に敷き延ばしたような翼。

「向宿〔(かうしゆく)〕す」自分の塒(ねぐら)へ向かって、スマートに素早く飛び帰って行く。

「戊巳〔(つちのえみ/キシ)〕の日を避く」「本草綱目」の記載なので如何とも謂い難いが、巳は五行の「土」であることと彼らが土を捏ねた泥で営巣することと何か関係があるかも知れない。次の「社日」との関連からも「土」地神や産「土」神(うぶすな)との連関性が感じられもする。さらに、この日は弁才天の縁日とされるが、弁財天の使者は「蛇」であるから、これは大いに忌む可能性があるやも知れぬ。

「春の社〔(しや)〕の日」ウィキの「社日」によれば、社日(しゃにち)は雑節の一つで産土神(うぶすな:生まれた土地の守護神)を祀る日で、春と秋にあり、それぞれかく呼ぶ。起原は古代中国に由来し、「社」は「土地神」の意である。春分又は秋分に最も近い「戊(つちのえ)の日」が社日となる。但し、戊と戊の、丁度、中間に春分日・秋分日が来る場合(つまり、春分日・秋分日が癸(みずのと)の日となる場合)は、春分・秋分の瞬間が午前中ならば、前の戊の日、午後ならば、後の戊の日とする。またこのような場合は、前の戊の日とする決め方もあるという。『この日は産土神に参拝し、春には五穀の種を供えて豊作を祈願し、秋にはその年の収獲に感謝する。また、春の社日に酒を呑むと耳が良くなるという風習があり、これを治聾酒(じろうしゅ)という。島根県安来市社日町などが地名として残っている』とある。則ち、春のそれは立春後の第五番目の戊(つちのえ)の日となる。今年二〇一八年は三月十七日であった。

「秋の社の日」立秋後の第五番目の戊(つちのえ)の日。今年二〇一八年は九月二十三日であった。

「屋宇」屋根。

「氣を伏して」活動の生気を抑制して。

「其れ、海を渡る」残念ながら、正しいのです、時珍先生。

「常盤國〔(とこよのくに)〕」「常世の国。東洋文庫版は同義の『ときわのくに』とルビ。

「燕の巢に、艾〔(よもぎ)〕有れば、則ち、居らず」ヨモギの薬効成分(葉や枝先を乾燥したものを生薬で「艾葉(ガイヨウ)」と称する。味は苦・辛で、性は温。葉には精油が含まれ、その主成分はシネオール(cineol)・ツヨン(α-thujone)など。主に女性の不正出血・月経過多・痔の出血・皮下出血などに効能があるとされる。一方、外用として灸に用いられえう「もぐさ」はヨモギの葉の裏の綿毛を集めたもので、成分は蠟分・トリコサノール(tricosanol)・カプリン酸(capric acid)・パルミチン酸(palmitic acid)・ステアリン酸(stearic acid)などの脂肪酸の混合物が知られる。ここは「武田薬報web」のこちらの記載を参照した)を燕が嫌うんでしょうが、しかし、誰が置くんすか? 時珍先生?

「貉(むじな)」「本草綱目」の記載であるから、哺乳綱食肉目イヌ型亜目クマ下目イタチ小目イタチ上科イタチ科アナグマ属アジアアナグマMeles leucurus。本邦でも「貉(むじな)」は概ねアナグマを指が、本邦産種は固有種ニホンアナグマ Meles anakuma となる。中国の狐や貉が燕を視認してしまうと、忽ち前身の毛が脱毛するというのには、何らかの理由があったはずだが、不詳。識者の御教授を乞う。知られた出典としては、唐の段成式(八〇三年~八六三年)の撰になる「酉陽雑爼」(八六〇年頃成立)の「続集」の第十六巻「広動植之一」に、

   *

燕、凡狐白貉鼠之類、燕見之則毛脱。或言燕蟄於水(一曰「月」)底。舊説燕不入室、是井之虛也。取桐爲男女各一、投井中、燕必來。胸班黑、聲大、名胡燕。其巢有容匹素練者。

   *

である。これを見るに、強力な呪力を持つ鳥と考えられていたことが判る。以下の鷹(現行ではタカ目タカ科 Accipitridae に属する鳥の内でも比較的小さめのものを指す通称)・鷂(はいたか:タカ目タカ科ハイタカ属ハイタカ Accipiter nisus。ハイタカは「鷹」に含まれる)の必死のケースも同じ。

「蛟龍〔(こうりよう)〕」中国の想像上の龍のプレ形態で、未だ竜にならない蛟(みずち)を指す。水中に潜み、時を得て、雲や雨に遇うことで、天上に昇って龍になるとされる。

「物の理、然(しか)らしむるなり」万物の道理のしからしむるところである、って、どこが、どう? 時珍先生?

「胡燕(みやまつばめ)」良安が『和名、「阿萬止里〔(あまどり)〕』と言っているから、普通のツバメの個体変異であろうと最初は思った(実は後の本文の『俗に云ふ「深山燕」なり』は「本草綱目」にはないので、どうもここは割注を誤ったもので、これも良安の附言のようである)のだが、CEC公式サイトの「徒然野鳥記の「ツバメ」でちゃんと別種として存在することが判った。これはツバメ属コシアカツバメ(腰赤燕)Hirundo daurica である。ウィキの「コシアカツバメより引く。アフリカ大陸中部・ユーラシア大陸・スリランカ・日本・フィリピンに分布し、夏季にヨーロッパ南部・中央アジア・ウスリー『などで繁殖し、冬季になると』、『東南アジアやインド』。『中華人民共和国南部へ南下し』、『越冬する』。『日本では』、『夏季に』、『繁殖のため』に『九州以北(主に本州中部以西)に飛来する(夏鳥)』。『日本国内の繁殖地は北へ拡大傾向にあ』り、『四国や九州で越冬する個体もいる』。全長は十七~二十センチメートル、翼開長は三十三センチメートル。『最外側尾羽が非常に長い(燕尾型)』。『上面は光沢がある黒い羽毛で被われる』。『腰は赤褐色』『やオレンジ色』『で、和名の由来になっている』。『下面は羽軸に沿って黒褐色の斑紋(軸斑)が入る白や淡褐色を帯びた白い羽毛で被われ、縦縞が入っているように見える』。『下腹は赤褐色』『や淡いオレンジ色、尾羽下面の基部を被う羽毛(下尾筒)は黒い』。『嘴は黒い』。『後肢の色彩は褐色』。『幼鳥は尾羽が短く、上面の羽毛の外縁が淡色』。十一もの亜種に分かれるとある。『市街地』『や農耕地などに生息する』。『繁殖地ではねぐらを作らず、繁殖後も渡りの時期まで巣をねぐらとして用いる』。『食性は動物食で、主に昆虫を食べる』。『集団営巣する傾向がある』。『崖や民家の軒下、橋桁などに土と枯れ草で固めた出入り口が細長い徳利や壺状の巣を作る』。『このため』、『トックリツバメと呼ばれている地方もある』。『日本では』五~八月に四~五個の『卵を産む』。『抱卵期間は』十四~二十日で、『雛は孵化してから』二十三~二十五『日で巣立つ』とある。

「二匹の絹を容(い)るゝ」「匹」は日本の「疋」の元で、古代中国に於いて使われた長さの単位。一匹は約九・四メートル。ちょっと大き過ぎや、しませんか? 時珍先生?(ここれは「本草綱目」の「集解」に出るのである)

「白燕」不詳。ツバメのアルビノであろう。

「京房」東洋文庫では訳本文に『京房(易占)』とし、巻末の書名注に「京房(けいぼう)易占」として『『隋書』経籍志にある『周易』か。十二巻。漢の京房撰。易学の解説書。京房には『京房易伝』三巻があるが、現存のものは『漢書』五行志に数多く引用される『京房易伝』とは文が一致しないといわれる』とある。

「貴女を生ずることを主〔(つかさど)〕る」世に貴女が生まれることを予兆する。

「人の神氣」ヒトの精神力と採っておく。

「夫木」「爲家」「きさらぎのなかばに成ると知りがほに早くも來けるつばくらめかな」定家の次男藤原為家(建久九(一一九八)年~建治元(一二七五)年)の一首で「巻三 春三」にある。「日文研」の「和歌データベース」で校合し、濁点や送り仮名は東洋文庫版を参考にした。

「堊塗(しつくい)」漆喰。消石灰に海藻のフノリやツノマタなどの粘着性物質と、麻糸などの繊維を加え、水でよく練り合わせたもの。砂や粘土を加えることもある。壁や天井などを塗る。但し、「しつくい」は「石灰」の唐音であり、「漆喰」は当て字である。

「巧婦鳥(みそさゞい)」スズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属ミソサザイ Troglodytes troglodytes前項を見よ。

「髮毛、有り、雛の脚を繫ぐ。又、日を經て、當に飛び去るべき時に至れば、則ち、母鳥、繫ぐ所の毛を斷つ」一応、調べたが、このような巧みな習性はない。実際に雛はしばしば落下する。

「既に飛び去りて後、復(ま)た、皆、來りて、頡(とびあが)り、頏(とびさが))り、廻-旋(めぐ)りて謝禮する狀〔(かたち)〕のごとくにして去る」良安先生? 何だか、この「燕」の項、とても楽しそう書いてません? いえいえ! 最後の蛇退治といい、すこぶる民俗学的叙述で、トッテもいいです!!!

「一つの窠、故〔(ゆゑ)〕無くして、雛、皆、死す有り。是〔(ここ)〕於いて、其の口の中を見るに、麥の禾(のぎ)・松の刺(はり)等、有り。蓋し、此れ、母鳥死して、後の母鳥の所-爲(しわざ)なり」古典の好きな継子いじめ譚であるが、継母というのは誤りであるものの、後釜のが殺害する(動画を見たが、突き殺した上で引きずり出して落としている)ことは、既に引用の中間部に示した。]

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