和漢三才圖會第四十二 原禽類 巧婦鳥(みそさざい) (ミソサザイ)
みそさゝい 鷦鷯 女匠
たくみどり 桃蟲【詩經】 蒙鳩
ささき 黃脰雀 襪雀
巧婦鳥
【和名太久美止里又云佐佐木】
キヤ◦ウフウニヤ◦ウ
本綱生蒿木間居藩籬上狀似黃雀而小灰色有斑聲如
吹噓其喙如利錐取茅葦毛毳爲巢大如雞卵而繫之以
麻髮至爲精密懸於樹上或一房二房故曰巢林不過一
枝毎食不過數粒小人畜馴教其作戲也
△按鷦鷯形狀如上説而脚黑微赤其窠以髮繫之以麻
紩之精密如刺襪然故有襪雀巧婦等之名而和名抄
鷦鷯【佐佐木】巧婦鳥【太久美止里】如爲二物者非也【今俗云美曽佐佐伊】
仁德天皇諱號大鷦鷯【降誕日此鳥以入於宮殿】和州洞籠川山中
多出雛城州岩間攝州有馬亦有之今人家養之形極
小而聲大也性畏寒難育
肉【甘溫】 炙食甚美令人聽明
巢 燒灰酒服治膈噎神驗
*
みそさゞい 鷦鷯〔(せうれう)〕
たくみどり 女匠
さざき 桃蟲【「詩經」。】
蒙鳩
黃脰雀〔(かうとうじやく)〕
襪雀〔(ばつじやく)〕
巧婦鳥
【和名、「太久美止里」、
又、「佐佐木」と云ふ。】
キヤ◦ウフウニヤ◦ウ
「本綱」、『蒿木〔(こうぼく)〕の間に生じ、藩-籬(まがき)の上に居〔(きよ)〕す。狀、黃雀(あくち〔すずめ〕)に似て小さし。灰色にして斑有り。聲、吹-噓〔(くちぶえ)〕のごとく、其の喙〔(くちばし)〕、利き錐(きり)のごとく、茅(かや)・葦(よし)の毛-毳〔(にこげ)〕を取りて巢を爲〔(つく)〕る。巢、大いさ、雞卵のごとくにして、之れを繫(つな)ぐに、麻〔(を)〕・髮を以つてし、至つて精密と爲〔(つく)〕り、樹の上に懸く。或いは、「一房・二房〔なれば〕、故に林に巢〔つくれども〕一枝に過ぎず」と曰ふ。毎〔(つね)〕は食〔ひても〕、數粒に過ぎず。小人、畜(か)ひ馴(な)れて、其の戲〔(ぎ)〕をして作〔(な)〕さしむるなり』〔と〕。
△按ずるに、鷦鷯、形狀、上説のごとくにして、脚、黑く、微赤。其の窠、髮を以つて之れを繫(つな)ぎ、麻(を)を以つて之れを紩〔(ぬ)ふ〕。精密なりこと、襪(たび)を刺(さ)すがごとく、然り。故、「襪雀」「巧婦」等の名、有り。而るに「和名抄」に「鷦鷯(さゞき)」【「佐佐木」。】「巧婦鳥(たくみどり)」【「太久美止里」。】二物と爲〔(す)〕るがごときは、非なり【今、俗に「美曽佐佐伊」と云ふ。】。仁德天皇の諱〔いみな)〕を「大鷦鷯(〔おほ〕さざき)と號(がう)す【降誕の日、此の鳥、宮殿に入るを以つてなり。】。和州洞籠(どろう)川の山中に、多く、雛を出だす。城州の岩間・攝州の有馬にも亦、之れ有り。今、人家に之れを養ふ。形、極めて小さくして、聲、大なり。性、寒を畏れて、育(そだ)て難し。
肉【甘、溫。】 炙り食ふ。甚だ美〔なり〕。人をして聽明ならしむ。
巢 灰に燒き、酒にて服す。膈噎〔(かくいつ)〕を治す〔こと〕、神驗あり。
[やぶちゃん注:スズメ目ミソサザイ科ミソサザイ属ミソサザイ Troglodytes troglodytes。現行、本邦でも「鷦鷯」と漢字表記する。ウィキの「ミソサザイ」によれば(下線太字やぶちゃん)、ヨーロッパ・アフリカ北部・西アジア・中央アジアからロシア極東部・東南アジア北部・中国・台湾・朝鮮半島・日本・北アメリカ西部及び東部で『繁殖し、北方で繁殖した個体は冬季南方へ渡る』。『日本では留鳥として、大隅諸島以北に周年』、『生息している。亜高山帯〜高山帯で繁殖するとされているが、亜高山帯には属さない宮崎県の御池野鳥の森では繁殖期にも観察されており、繁殖していると思われる』。『繁殖期の一部の個体は、秋〜春先にかけては低山帯や平地に降りて越冬する(漂鳥)』。全長は約十一センチメートル、翼開長でも約十六センチメートルで、体重も七~十三グラムしかない。和名は『溝(谷側)の些細』な『鳥が訛ってミソサザイと呼ばれるようになったとする説がある』。『全身は茶褐色で、体の上面と翼に黒褐色の横斑が、体の下面には黒色と白色の波状横斑がある』(雌雄同色)。『体つきは丸みを帯びており、尾は短い。よく短い尾羽を上に立てた姿勢をとる』。『日本の野鳥の中でも、キクイタダキ』(スズメ目キクイタダキ科 Regulidae キクイタダキ属キクイタダキ Regulus regulus)『と共に最小種のひとつ』で、『常に短い尾羽を立てて、上下左右に小刻みに震わせている。属名、種小名troglodytesは「岩の割れ目に住むもの」を意味する』。『茂った薄暗い森林の中に生息し、特に渓流の近辺に多い』。『単独か番いで生活し、群れを形成することはない。繁殖期以外は単独で生活する』。『早春の』二『月くらいから囀り始める習性があり、平地や里山などでも』二『月頃に』、『その美しい囀りを耳にすることができる。小さな体の割には声が大きく、高音の大変に良く響く声で「チリリリリ」とさえずる』(引用元で音声が聴ける。私は彼の囀りが好きだ)。また、『地鳴きで「チャッチャッ」とも鳴く』。『同じような地鳴きをするものにウグイス』(スズメ目ウグイス科 Cettiidae ウグイス属ウグイス Horornis
diphone)『がいるが、ウグイスの地鳴きと比べ』、『明らかに金属的な鋭い声で「ジジッ」と聞こえる』。『ミソサザイの地鳴きを聞いたことがある人なら、聞き間違えることはないほどの相違点がある。秋〜早春、場所によっては両種が同じ環境で生活しているため、初めて聞く人にとって、両種の特定には注意が必要である』。『食性は動物食で、昆虫、クモ類を食べる』。『繁殖期は』五~八月で、四個から六個の『卵を産む。抱卵日数は』十四~十五日で、十六~十七日『で雛は巣立つ。一夫多妻制』『でオスは営巣のみを行い、抱卵、育雛はメスが行う』。『ミソサザイは、森の中のがけ地や大木の根元などにコケ類や獣毛等を使って壷型の巣を作るが』、『他の鳥と異なり、オスは自分の縄張りの中の』二『個以上の巣を作り、移動しながら』、『さえずってメスを誘う』。但し、『オスが作るのは巣の外側のみで』、『実際の繁殖に使用されるものは、作られた巣の内の』一『個のみであり、巣の内側はオスとつがいになったメスが完成させる』。『また、巣自体にも特徴があり、通常の壷巣は出入口が』一『つのみであるが、ミソサザイの巣は、入口と出口の双方がそれぞれ反対側に設計されている。抱卵・育雛中の親鳥が外敵から襲われると、中にいる親鳥は』、『入り口とは反対側の出口から脱出するといわれている』とある。『日本では古くから知られている鳥で、古事記・日本書紀にも登場する』。『なお、古くは「ササキ」であったが』、『時代が下』ると、『「サザキ」または「ササギ」「ミソササギ」等と言った。冬の季語とされている』。『江戸時代の俳人小林一茶が』文化元(一八〇四)年に詠んだ句に、
みそさゞいちつというても日の暮(くる)る(「文化句帖」)
みそさゞちゝといふても日が暮る(「文政版一茶発句集」)
みそさゞちゝといふても日は暮る(「版本題叢」)
がある(「文化句帖」の「いう」はママ。ここは岩波文庫「小林一茶句集」を参考に独自に異形句をも表記をした)。また、宝永七(一七一〇)年の『蘇生堂主人による鳥の飼育書』である「喚子鳥」』(よぶこどり)『にもミソサザイの描写があるされている』。『西欧各国の民間伝承においてはしばしば「鳥の王」とされ』、『各国語における呼称も君主や王の意を含んだ単語が用いられる。グリム童話の』「みそさざいと熊」では『「鳥の王さま」と呼ばれていた』。『また、ヨーロッパコマドリ』(スズメ目ヒタキ科(ツグミ科とも)ヨーロッパコマドリ属ヨーロッパコマドリ Erithacus rubecula)『と対になって現れることも多い。かつては、ヨーロッパコマドリがオス、ミソサザイがメスだと考えられており、「神の雄鳥」「神の雌鳥」として伝承中では夫婦とされていた。また、イギリスではヨーロッパコマドリが新年の魂を、ミソサザイが旧年の魂を宿しているとして、クリスマスや翌』十二月二十六日の「聖ステファノの日」(St. Stephen's Day/Feast of Saint Stephen:キリスト教で最初の殉教者(protomartyr)とされる彼聖ステファノを記念するもの)『に「ミソサザイ狩り」が行われていた』。『森の王に立候補したミソサザイが、森の王者イノシシの耳の中に飛び込んで、見事にイノシシを倒したものの、だれも小さなミソサザイを森の王とは認めなかったという寓話が有名である』。『また、ミソサザイはアイヌの伝承の中にも登場する。人間を食い殺すクマを退治するために、ツルやワシも尻込みする中でミソサザイが先陣を切ってクマの耳に飛び込んで攻撃をし、その姿に励まされた他の鳥たちも後に続く。最終的には』アイヌの英雄神サマイクルも『参戦して荒クマを倒すという内容のもので、この伝承の中では小さいけれども立派な働きをしたと、サマイクルによってミソサザイが讃えられている』とある。
「蒿木〔(こうぼく)〕」東洋文庫版はこれに『あれくさ』とルビする。確かに「木」を高い意味に採ればもしゃもしゃに荒れて生え茂った叢の意となろうが、そもそもは「蒿」は「高く茂った草」の意であるから、これはやはり文字通り、「高く茂った草の茂みや林」の意であろう。以下の叙述やミソサザイの習性からもそう採るべきと私は思う。
「藩-籬(まがき)」人工的に作った垣根・囲い。「藩」にはその意味がある。
「黃雀」「黃雀(あくち〔すずめ〕)」読みは先行する「雀」に良安が振った者に従った。そこで注したように、これは特定の雀種を指すのではないと思われる。「あくち」とは、雀に限らず、鳥の雛の嘴の付け根の黄色い部分を指す(「日葡辞書」に掲載。語源説は「粟口」「開口」「赤口」等。開いた口中は赤く見えるから、孰れも腑には落ちる)から、ここは雀(或いはその近縁種)の雛の意であろう。
「吹-噓〔(くちぶえ)〕」中国で詩を、口を尖らして口笛を吹くように、声を長く引いて詠むことを「嘯」(音「セウ(ショウ)」「長嘯」と呼び、それを本邦では「嘯(うそぶ)く」と訓ずることは周知の通りだが、まさに中国語のそれも、まさにこう別表記出来るというのは、私には意外であった。今日の勉強の一つとなった。
「毛-毳〔(にこげ)〕」現行では専ら、鳥獣や人や乳児の柔らかい産毛(うぶげ)を指すが、広義に柔らかな毛をも指す。
「麻〔(を)〕・髮」後の「髮」はミソサザイの実際の棲息域を考えれば、「人の髪の毛」と限定するものではなく、「獣の毛髪」と考えるべきであろうから、「麻」も人工的に製した繊維のそれではなく、アサの茎の皮の植物繊維を突き出したものと採るべきかと思う。
「一房・二房〔なれば〕、故に林に巢〔つくれども〕一枝に過ぎず」注冒頭の引用後半の下線太字部を読むに、彼らが林の中で巣を使用しない他巣を含め複数作ることから考えると、実際の巣(或いはその他の未使用の巣をも含めた)を中心としたテリトリーを広範に持っている可能性が考えられ、さすれば、この「本草綱目」の謂いは、実は至極当たっているのではないかと思った。
「毎〔(つね)〕は食〔ひても〕、數粒に過ぎず」引用の通り、ミソサザイの『食性は動物食で、昆虫、クモ類を食べる』とあるから、単品の穀類を食べないのは当たり前である。
「小人、畜(か)ひ馴(な)れて、其の戲〔(ぎ)〕をして作〔(な)〕さしむるなり」子どもが駕籠で飼い馴らして、芸を覚えさせて遊んだりする。
「襪(たび)を刺(さ)す」「襪」は和訓で「しとうず」と読み、絹や錦の二枚の足形の布を縫い合わせて作られた靴下である。足袋のような底や「こはぜ」はなく、上方につけた二本の紐で結び合わせる。奈良から平安時代の礼服(らいふく)・朝服などに各種の沓(くつ)とともに用いられた。中国唐代の「襪(べつ)」が伝わり、これを「シタクツ」と呼んだが、それが「シタグツ」(下沓)の音便で「シタウズ」から「シトウズ」となった。「和名類聚鈔」には『襪 和名「之太久豆」。足衣也』とある(以上は平凡社「世界大百科事典」に拠った)。但し、ここは良安の謂いで「たび」とルビしているのだから、「足袋を縫い製する」の意でよい。
『「和名抄」に「鷦鷯(さゞき)」【「佐佐木」。】「巧婦鳥(たくみどり)」【「太久美止里」。】二物と爲〔(す)〕る』「和名類聚鈔」の「巻十八 羽族部第二十八 羽族名第二百三十一」に続けて、
*
巧婦 兼名苑注云巧婦【和名太久美止里】好割葦皮食中虫故亦名蘆虎
鷦鷯 文選鷦鷯賦云鷦鷯【焦遼二音和名佐々木】小鳥也生於蒿萊之間長於藩籬之下
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とある。
「仁德天皇の諱〔いみな)〕を「大鷦鷯(〔おほ〕さざき)と號(がう)す【降誕の日、此の鳥、宮殿に入るを以つてなり。】」「日本書紀」の仁德天皇元(三一三)年正月の条に、
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元年春正月丁丑朔己卯。大鷦鷯尊卽天皇位。尊皇后曰皇太后。都難波。是謂高津宮。卽宮垣・室屋弗堊色也。桶・梁・柱・楹弗藻飾也。茅茨之蓋弗割齊也。此不以私曲之故、留耕績之時者也。』初天皇生日。木菟入于産殿。明旦、譽田天皇喚大臣武内宿禰。語之曰。是何瑞也。大臣對言。吉祥也。復當昨日、臣妻産時。鷦鷯入于産屋。是亦異焉。爰天皇曰。今朕之子與大臣之子、同日共産。竝有瑞。是天之表焉。以爲、取其鳥名。各相易名子。爲後葉之契也。則取鷦鷯名。以名太子。曰大鷦鷯皇子。取木菟名號大臣之子。曰木菟宿禰。是平群臣之始祖也。是年也。太歳癸酉。
*
とある。IKUO氏のサイト「自然のフォトエッセイ」の「ミソサザイ」でこの命名を考察されておられる。写真やミソサザイの解説も素敵だ。必見。
「和州洞籠(どろう)川」現在の奈良県吉野郡天川村洞川(どろがわ)。ここ(グーグル・マップ・データ)。大峯山・山上ヶ岳・女人大峯・稲村ヶ岳の登山口で、標高約八百二十メートルの高地の冷涼な山里。
「城州の岩間」現在の京都府福知山市岩間。ここ(グーグル・マップ・データ)。由良川右岸の丘陵地。
「膈噎〔(かくいつ)〕」漢方では「噎」は「食物が喉を下りにくい症状」を指し、「膈」は「飲食物を嚥下出来ないこと」「一度は喉を通っても後で再び嘔吐する症状」を指す。精神的な嚥下不能から喉の炎症、アカラシア(achalasia:食道アカラシア。食道の機能障害の一種で、食道噴門部の開閉障害若しくは食道蠕動運動の障害或いはその両方によって飲食物の食道通過が困難となる疾患)や咽頭ポリープによるもの、更には食道狭窄症や逆流性食道炎、重いものでは咽頭癌・食道癌や噴門部癌や胃癌も含まれると思われる。]
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