和漢三才圖會第四十三 林禽類 鵙(もず) (モズ)
もず 伯勞 伯鷯
伯趙 博勞
鴂【音决】
鵙【音臭】
【和名毛受】
チウ 【兼名苑又用鷭字
日本紀用百舌鳥未詳】
本綱鵙大如鳩黑色其飛也鬷斂足竦翅也以四月鳴其
鳴曰苦苦俗以爲婦被其姑苦死所化故又名姑惡人多
惡之或云尹吉甫信后妻之讒殺子伯奇后化爲此鳥故
其所鳴之家以爲凶【此二説共傳會之言】禮記五月鵙始鳴詩豳風
七月鳴鵙之義不合以四月爲準
小兒鬾病取鵙毛帶之卽愈小兒語遲者鵙所踏樹枝鞭
之卽速語【鬾病一名繼病母有娠乃兒病如瘧痢他日相
繼腹大或瘥或發他人有娠相近亦煩】
万葉春されは鵙の草莖見えすとも我はみやらん君かあたりを
△按鵙形似鳩而小頭背至尾黃褐色及眼觜顔容似小
鷂眼邊黑眼上白條引頰觜黑而末曲頰臆白腹黃赤
有黑橫彪翮白羽黑脛掌黑爪利而毎摯小鳥食之人
畜之代鷹作遊獵耳其聲高喧如言奇異夏月鳴冬止
其肉味似雀其氣臊常人不食之鵙皮硬而毛難脱三
才圖會云鵙飛不能翺翔竦翅上下而已食肉不食穀
鵙善制蛇【鳴卽蛇結】或曰金得鵙之血則昏【淮南子云伯勞血塗金人不敢
取蓋於今世難甚信用】
*
もず 伯勞 伯鷯〔(はくれう)〕
伯趙 博勞
鴂【音、「决〔(ケツ)〕」。】
鵙【音、「臭」。】
【和名、「毛受」。】
チウ 【「兼名苑」に、又、「鷭」の字を用ひ、
「日本紀」に「百舌鳥」を用ふ。未だ
詳らかならず。】
「本綱」、鵙、大いさ、鳩のごとく、黑色。其の飛ぶや、足を鬷-斂〔(あはせちぢ)めて〕、翅を竦(そばだ)つ。四月を以つて鳴き、其の鳴くこと、「苦苦(クウクウ)」と曰ふ。俗、以爲〔(おもへら)〕く、婦、其の姑〔(しうとめ)〕の苦を被〔(かふむ)りて〕死して化する所〔と〕。故に又、「姑惡」と名づく。人、多く、之れを惡〔(にく)〕む。或いは云はく、『尹吉甫〔(いんきつぽ)〕、后妻〔(ごさい)〕の讒〔(ざん)〕を信じ、子の伯奇を殺し、后〔(のち)〕、化して此の鳥と爲る〔と〕。故に、其れ、鳴く所の家、以つて凶と爲す』〔と〕【此の二説、共に傳會〔(いひつたへ)〕の言なり。】「禮記」、『五月に、鵙、始めて鳴く』〔と〕。「詩」の「豳風〔(ひんぷう)〕」に『七月鳴鵙〔七月 鵙 鳴き〕』の義〔あれども〕、合はず。四月を以つてと爲す。
小兒〔の〕「鬾病(をとみしけ)」〔は〕、鵙の毛を取り、之れを帶〔ぶれば〕卽ち愈ゆ。小兒〔の〕語〔の〕遲〔き〕者〔は〕、鵙〔の〕踏〔める〕所の樹枝にて、之れを鞭〔(むちう)たば〕、卽ち速く語る【「鬾病」、一名、「繼病〔(つぎのやまひ)〕」、母、娠〔(はらみ)〕有れば、乃〔(すなは)ち〕、兒、病〔みて〕、「瘧痢〔(ぎやくり)〕」のごとし。他日、相ひ繼ぎて、腹、大〔きく〕、或いは瘥〔(い)へ〕、或いは發〔(はつ)〕す。他人〔の〕娠〔(はらみ)〕有るにも、相ひ近〔づく〕も亦、煩ふ。】。
「万葉」
春されば鵙の草莖見えずとも
我はみやらん君があたりを
△按ずるに、鵙、形、鳩に似て小さく、頭・背〔より〕尾に至〔るまで〕黃褐色、及び、眼・觜・顔の容〔(かたち)〕、小さき鷂〔(はいたか)〕に似る。眼の邊り、黑く、眼上の白條〔は〕頰〔まで〕引く。觜、黑くして、末〔は〕曲る。頰・臆〔(むね)〕、白。腹、黃赤〔にして〕黑〔き〕橫〔の〕彪〔(とらふ)〕有り。翮〔(はねくき)〕は白く、羽は黑し。脛・掌、黑。爪、利にして毎〔(つね)〕に小鳥を摯〔(と)〕り、之れを食ふ。人、之れを畜〔(か)〕ひ、鷹の代〔はりとして〕遊獵を作〔(な)〕すのみ。其の聲、高く喧〔(かまびす)〕し。「奇異〔(キイ)〕」と言ふがごとし。夏月、鳴きて、冬、止む。其の肉味、雀に似〔るも〕、其の氣〔かざ〕、臊〔(なまぐさ)く〕、常の人〔は〕之れを食はず。鵙の皮〔は〕硬くして、毛、脱け難〔(にく)〕し。「三才圖會」に云はく、『鵙、飛〔ぶも〕翺翔〔(かうしやう)たる〕能はず、翅を竦〔(そばだ)てて〕上下するのみ。肉を食ふ』〔と〕。穀を食はず。鵙、善く蛇を制す【鳴かば、卽ち、蛇、結〔(けつ)〕す。】。或いは曰はく、『金〔(きん)〕、鵙の血を得ば、則ち昏〔(くら)〕し【「淮南子〔(えなんじ)〕」に云はく、『伯勞の血、金に塗らば、人、敢へて取らず』〔と〕。蓋し、今の世、甚だ、信用し難し。】。
[やぶちゃん注:私の好きな、スズメ目スズメ亜目モズ科モズ属モズ Lanius bucephalus。本邦ではほかに、アカモズ Lanius cristatus superciliosus(環境省レッドリストで絶滅危惧種(EN)指定)・シマアカモズ Lanius cristatus lucionensis・オオモズ Lanius excubitor・チゴモズ Lanius tigrinus(同前絶滅寸前種(CR)指定)が見られる。以下、ウィキの「モズ」から引く。『日本、中国東部から南部、朝鮮半島、ロシア南東部(樺太南部含む)に分布している』。『模式標本』亜種モズ(Lanius bucephalus bucephalus)『の産地(模式産地)は日本。日本の北海道、本州、四国、九州に分布している』。『中国東部や朝鮮半島、ウスリー南部、樺太で繁殖し、冬季になると』、『中国南部へ南下し』、『越冬する』。『日本では基亜種が周年生息(留鳥)するが、北部に分布する個体群や山地に生息する個体群は秋季になると南下したり』、『標高の低い場所へ移動し越冬する』。『南西諸島では渡りの途中に飛来(旅鳥)するか、冬季に越冬のため』、『飛来(冬鳥)する』。全長十九~二十センチメートル。『眼上部に入る眉状の筋模様(眉斑)、喉や頬は淡褐色』。『尾羽の色彩は黒褐色』。『翼の色彩も黒褐色で、雨覆や次列風切、三列風切の外縁(羽縁)は淡褐色』。『夏季は摩耗により頭頂から後頸が灰色の羽毛で被われる(夏羽)』。『オスは頭頂から後頸がオレンジ色の羽毛で被われる』。『体上面の羽衣が青灰色、体側面の羽衣はオレンジ色、体下面の羽衣は淡褐色』。『また』、『初列風切羽基部に白い斑紋が入る』。『嘴の基部から眼を通り後頭部へ続く筋状の斑紋(過眼線)は黒い』。『メスは頭頂から後頸が褐色の羽毛で被われる』。『体上面の羽衣は褐色、体下面の羽衣は淡褐色の羽毛で被われ』、『下面には褐色や黒褐色の横縞が入る』。『過眼線』(嘴の基部から眼の前後を通る線状模様)『は褐色や黒褐色』。『開けた森林や林縁、河畔林、農耕地などに生息』し、『食性は動物食で、昆虫』や甲殻類等の節足動物、『両生類、小型爬虫類、小型の鳥類、小型哺乳類などを食べる』。『樹上などの高所から』、『地表の獲物を探して襲いかかり、再び樹上に戻り』、『捕えた獲物を食べる』。『様々な鳥(百の鳥)の鳴き声を真似た、複雑な囀りを行うことが』、『和名の由来(も=百)』。二~八月に、『樹上や茂みの中などに』、『木の枝などを組み合わせた皿状の巣を雌雄で作り』、四~六『個の卵を産む』。『年に』二『回繁殖することもある。カッコウに托卵されることもある』。『メスのみが抱卵し、抱卵期間は』十四~十六『日。雛は孵化してから約』十四『日で巣立つ』。特異な習性である「はやにえ」の項。『速贄と書く。モズは捕らえた獲物を木の枝等に突き刺したり、木の枝股に挟む行為を行う。秋に初めての獲物を生け贄として奉げたという言い伝えから「モズのはやにえ(早贄)」といわれた』。『稀に串刺しにされたばかりで生きて動いているものも見つかる。はやにえは本種のみならず、モズ類』(Laniidae)『がおこなう行動である』。『秋に最も頻繁に行われるが、何のために行われるかは、よく分かっていない。ワシやタカとは違いモズの足の力は弱く、獲物を掴んで食べる事ができない。そのため小枝や棘をフォークのように獲物を固定する手段として使用しているためではないかといわれている』。『また、空腹、満腹に関係なくモズは獲物を見つけると本能的に捕える習性があり、獲物を捕らえればとりあえずは突き刺し、空腹ならばそのまま食べ、満腹ならば残すという説もある』。『はやにえにしたものを後でやってきて食べることがあるため、冬の食料確保が目的とも考えられるが、そのまま放置することが多く、はやにえが後になって食べられることは割合少ない。また、はやにえが他の鳥に食べられてしまうこともある。近年の説では、モズの体が小さいために、一度獲物を固定した上で引きちぎって食べているのだが、その最中に敵が近づいてきた等で獲物をそのままにしてしまったのがはやにえである、というものもあるが、餌付けされたモズがわざわざ餌をはやにえにしに行くことが確認されているため、本能に基づいた行動であるという見解が一般的である』。『はやにえの位置は冬季の積雪量を占うことができるという風説もある。冬の食糧確保という点から、本能的に積雪量を感知しはやにえを雪に隠れない位置に造る、よって位置が低ければその冬は積雪量が少ない、とされるが、はやにえ自体の理由は不明である』。『秋から』十一『月頃にかけて「高鳴き」と呼ばれる』、『激しい鳴き声を出して』、『縄張り争いをする。縄張りを確保した個体は縄張りで単独で越冬する。
なお、「早贄(はやにえ)」については、私自身、何度も串刺しの百足・蛙・蜥蜴・山椒魚・井守等を何度も現認(富山県高岡市伏木矢田新町奥の二上山麓内)した経験から、非常に興味を持っている。私の電子化では、「生物學講話 丘淺次郎 三 餌を作るもの~(1)」がよく、具体例では、まさに富山のケースである「譚海 卷之一 越中國もず巣をかくるをもて雪を占(うらなふ)事」、青森のケースの「谷の響 一の卷 十三 自串」も「はやにえ」に関連した面白い記事と思うので紹介しておく。
「鵙【音、「臭」。】」不審。この音表示は日本語のそれを示すのであるから、これではおかしい。「鵙」の音は呉音で「キヤク(キャク)」、漢音で「クヱキ(ケキ)」、慣用音でも「ゲキ」であるのに対し、「臭」は呉音で「ク・シユ(シュ)」、漢音で「キウ(キュウ)・シウ(シュウ)」で一致を見ないからである。現代中国語でも、「鵙」は二声でピンイン「jú」・ウェード式「chü」であるのに対し、「臭」は四声でピンイン「chòu」・ウェード式「ch'ou」であって、カタカナ音写をしてみても、前者は「ヂィー」、後者は「チォゥ」で、やはり異なるからである。因みに、旧来の中国の韻字から見ても、共通性はない。
「兼名苑」唐の釈遠年撰とされる字書体の語彙集であるが。現在は亡失して伝わらない。「本草和名」・「和名類聚鈔」・「類聚名義抄」に多く引用されてある。
「鷭」これは現行、本邦では、ツル目クイナ科 Gallinula 属バン Gallinula chloropus に当てられてしまっている。
「日本紀、「百舌鳥」を用ふ」「日本書紀」では、「仁德天皇四三年九月庚子朔」(三五五年)・「仁德天皇六七年十月丁酉」・「仁德天皇八七年十月己丑」・「履中天皇六年十月壬子」(四〇五年)・「大化二年三月辛巳」(六四六年)・「白雉五年十月壬子」(六五四年)に、地名・人名を含めて計七箇所、「百舌鳥」で出現する。
「鬷-斂〔(あはせちぢ)めて〕」音は「ソウレン」で、「鬷」は「集まる・蝟集する」、「斂」は同じく「集める」であるが「縮めて纏めるの意もある。訓は東洋文庫のこの部分の訳を参考に添えた。
「苦苦(クウクウ)」これは「苦」中国語の音。ピンイン「kǔ」(カタカナ音写「クゥー」)である。
「以爲〔(おもへら)〕く」思っていることには。言い伝えらて、そう考えられていることには。
「姑〔(しうとめ)〕の苦」義母の虐(いじ)め。
『故に又、「姑惡」と名づく。人、多く、之れを惡〔(にく)〕む』夫の母を怨んでの変化(へんげ)であり、孝の道義に反するからであろう。
「尹吉甫」周の宣王(紀元前八二八年~紀元前七八二年)の臣下で、中国北方及び西北方にいた異民族である玁狁(けんいん)を征伐したことで知られ、「詩経」の「大雅」中の幾つかの詩の作者としても知られる。ウィキの「尹吉甫」によれば、『尹吉甫の子の伯奇(はくき)が、継母の嘘によって家を追いだされた説話は多くの書物に引かれており、書物によってさまざまに話が変形している』。「風俗通義」の「正失篇」に『よれば、曽子が妻を失ったとき、「尹吉甫のように賢い人に伯奇のような孝行な子があっても(後妻のために)家を追放されることがある」と言って、再婚しなかったという』。また、劉向(りゅうきょう)の「説苑(ぜいえん)」の佚文(「漢書」の「馮奉世(ふうほうせい)伝」の「顔師古注」及び「後漢書」の「黄瓊(こうけい)伝」の「章懐太子注」に引かれている)に『よると、伯奇は前妻との子で、後妻との子に伯封がいた。後妻は伯封に後をつがせようとして、わざと衣の中に蜂を入れ、伯奇がそれを取ろうとする様子を見せて、伯奇が自分に欲情していると夫に思わせた。夫はそれを信じ』、『伯奇を追放したという』。但し、「説苑」では、『伯奇を尹吉甫の子ではなく』、『王子としている』。「水経注」の引く揚雄「琴清英」に『よると、尹吉甫の子の伯奇は継母の讒言によって追放された後、長江に身を投げた。伯奇は夢の中で水中の仙人に良薬をもらい、この薬で親を養いたいと思って』、『歎きの歌を歌った。船人は』、『その歌をまねた。吉甫は舟人の歌が伯奇のものに似ていると思って』、『琴で「子安之操」という曲を弾いた』とし、蔡邕(さいよう)は「琴操」の「履霜操」で、『この曲を』、『追い出された伯奇が作ったものとし、宣王がこの曲をきいて』、『孝子の歌詞であるといったため、尹吉甫はあやまちに気づ』き、『後妻を射殺したする』とある。また、『曹植「令禽悪鳥論」では、尹吉甫は伯奇を殺したことを後悔していたが、ある日』、『尹吉甫は伯労(モズ)が鳴くのを聞いて伯奇が伯労に生まれかわったと思って、後妻を射殺したと言う』ともある。
「禮記」「五月に、鵙、始めて鳴く」「礼記」「月令(がつりょう)」に、
*
小暑至、螳蜋生。鵙始鳴、反舌無聲。
(小暑、至れば、螳蜋(たうらう)生じ、鵙、始めて鳴き、反舌(うぐひす)、聲、無し)
*
とある。「螳蜋」は「蟷螂」でカマキリのこと。
「詩」「豳風〔(ひんぷう)〕」「詩経」の「国風」の最後にある「豳風」は、ここまでの「国風」の詩が各地方の民謡を載せているのとは異なる。豳というのはは周王朝発祥の地であり、中でも、ここで示されている「七月」の詩篇は、周公旦(古伝では「豳風」は殆んどが周公旦の作とする)が先祖の代(西周が鎬京(こうけい)に都する、紀元前千百年頃前の周の草創期)の農事を偲んで詠じたものとされ、後代に於いては太平の世の農村の祝祭歌とされてきた。「七月」の第三連に(訓読は昭和三三(一九五八)年岩波書店刊の吉川幸次郎注「中國詩人選集 二 詩經國風 下」を参考にした。但し、私の趣味で従っていない部分もある)、
*
七月流火
八月萑葦
蠶月條桑
取彼斧斨
以伐遠揚
猗彼女桑
七月鳴鵙
八月載績
載玄載黃
我朱孔陽
爲公子裳
(七月 流(くだ)る火あり
八月 萑(よし)と葦(あし)とあり
蠶(かひこ)の月 桑の條(えだ)
彼(か)の斧と斨(ておの)とを取り
以つて遠く揚がれるを伐(き)り
彼の女 桑を猗(しご)けり
七月 鳴く鵙(もず)
八月 載(すなは)ち績(つむ)ぐ
載ち玄(くろ)く 載ち黃なり
我が朱は孔(はなは)だ陽(あざや)かにして
公子の裳(も)と爲(な)す)
*
とある。全篇の訓読と注は「raccoon21jpのブログ」のこちらを一つリンクさせておく。
「小兒〔の〕鬾病(をとみしけ)」これは所謂、「おとみづはり(おとみづわり)」「おとづわり」のことである(他に「おとむじり」「おとまけ」等)。小学館「日本国語大辞典」によれば、「弟見悪阻」で、『小児の病の名。乳児のある母が、次の子をみごもって、つわりを起したために、その乳児が乳離れ』させられた結果、その子に起る病気を言う(やや原記載に不満があるので、最後の個所を個人的に書き変えた)。別に、同辞典の「おとみ」(弟見)の条を見ると、『(弟を見るの意から)乳のみ児のいるうちに次の子を妊娠すること』とし、後の方言の項で『乳離れしない子が母親の懐妊によって陥る栄養不良』(採集地は青森県・宮城県・秋田県・飛騨・高知県)とし、他に「おとみまけ」(宮城県・新潟県)を、「おとみよわり」(飛騨)、「おとみわずらい」(富山)と記す。国語学者佐藤貴裕氏のサイト「ことばへの窓」内の「理由なく消える語」(『月刊日本語学』一九九九年九月号所収)で徹底的に考証されている。必読! しかし、何故、この症状が「鵙の毛を取り、之れを帶〔ぶれば〕卽ち愈ゆ」かは判らぬ。良安は後で「鵙の皮〔は〕硬くして、毛、脱け難〔(にく)〕し」と言っていることと関係するのかも知れぬが、判らぬ。私が考えたのは、先の伝承の伯奇(義兄)・伯封(義弟)との類感呪術の可能性であった。潔白なのに実の父から追放され、入水して死んだとなれば、その毛一本でも、弟を思わぬ兄の病いの戒めとなろうからである。
「小兒〔の〕語〔の〕遲〔き〕者〔は〕」言語遅滞。
「鵙〔の〕踏〔める〕所の樹枝にて、之れを鞭〔(むちう)たば〕、卽ち速く語る」これも明らかな類感呪術だが、最早、私の乏しい想像を超えている。何方か、お教え願いたい。
「瘧痢〔(ぎやくり)〕」「瘧」は間歇性熱性疾患で、概ねマラリアを指し、ここはそれに伴う激しい下痢症状をいう。
「他日、相ひ繼ぎて」激しい止瀉が治まった後、あい次いで。
「腹、大〔きく〕、或いは瘥〔(い)へ〕、或いは發〔(はつ)〕す」突如、腹部が膨満膨張する症状が現われたり、或いは病気がそのまま治ったり、或いはまた同じように激しい熱性下痢症状を再発したりする。
「他人〔の〕娠〔(はらみ)〕有るにも、相ひ近〔づく〕も亦、煩ふ」驚天動地、母が弟を妊娠していなくても、全くの他人で近くに妊娠した婦人がある場合でも、この病気を発症する、というのである。これは最早、類感・共感呪術の域を越えて、フロイト的な精神分析の領域という気がしてくる。
「万葉」「春されば鵙の草莖見えずとも我はみやらん君があたりを」「万葉集」巻第十の「春の相聞」歌群の中の一首(一八九七番)であるが、「草莖」は「草潛」の誤り。
*
鳥に寄せたる
春されば百舌鳥の草潛(くさぐ)き見えずともわれは見やらむ君の邊(あたり)をば
*
「春されば」春が来ると。「百舌鳥の草潛き」「草ぐき」は動詞「草ぐく」の連用形で「草の中にくぐもれる・くぐり抜ける」というモズが草藪に潜り込んで身を隠して見えなくなること。以下の「見えず」を導く序詞である。
「翺翔〔(かうしやう)〕」鳥が空高く飛ぶこと。
「鳴かば、卽ち、蛇、結〔(けつ)〕す」鵙が鳴くだけで、蛇は忽ち、蜷局(とぐろ)を巻いて(=「結」)怖気(おじけ)て身を守ろうとする。
「金〔(きん)〕、鵙の血を得ば、則ち昏〔(くら)〕し」金にモズの血を塗り付けると、忽ちのうちに黄金の輝きを全く失ってしまう、というのである。
「淮南子〔(えなんじ)〕」前漢の武帝の頃に淮南(わいなん)王であった劉安(高祖の孫)が学者達を集めて編纂させた一種の百科全書的性格を備えた道家をメインに据えた哲学書(日本では昔からの読み慣わしとして呉音で「えなんじ」と読むが、そう読まねばならない理由は、実は、ない)。捜し方が悪いのか、「淮南子」の現行の本文には見出せないのだが、「欽定續通志」の巻一百七十九の一節に、
*
伯勞、一名伯鷯、一名博勞、一名伯趙、一名鶪、一名鴂。形似鴝鵒。鴝鵒、喙黃、伯勞、喙黑。「月令」、『候時之鳥』。「左傳」云、『伯趙氏司至以夏至鳴冬至止。故以名主二至之官』。「淮南子」云、『伯勞之血、塗金、人不敢取』。
*
と、確かにあるのを見つけた。]
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