和漢三才圖會第四十二 原禽類 鶡鴠(かつたん) (ミミキジ)
かつたん 盍旦【詩經】 䳚鴠
寒號蟲
鶡鴠【曷旦】
【方言爲獨舂
按獨舂卽𪇆
𪄻與此不同
乎】
アツウイヽ
本綱寒號蟲出北地今河東及五臺山諸山中甚多其狀
如小雞四足有肉翅不能遠飛夏月毛盛五色自鳴若曰
鳳凰不如我至冬毛落裸體晝夜鳴號曰得過旦過月令
云曷旦仲冬不鳴蓋冬至陽生漸暖故也屎曰五靈脂
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五靈脂 曷旦屎也如凝脂而受五行之靈氣故名
其屎恒集一處氣甚臊惡粒大如豆采之
有如糊者有粘塊如餹者人亦以沙石襍而貨之凡用
以餹心潤澤者爲眞【味甘溫】凡足厥陰肝經藥能治血病
行血止血治諸痛【惡人參損人】
△按五靈脂來於廣東舩
*
かつたん 盍旦〔(こふたん)〕【「詩經」。】
䳚鴠〔(かつたん)〕
寒號蟲
鶡鴠【〔[やぶちゃん注:「音」の欠字。]〕、「曷旦」。】
【「方言」に「獨舂〔(どくしよう)〕」
と爲す。按ずるに、「獨舂」は、
卽ち、「𪇆𪄻〔(さやつどり)〕」、
此れと同じからずや。】
アツウイヽ
「本綱」、寒號蟲、北地に出づ。今は河東及び五臺山〔が〕諸山〔の〕中に、甚だ多し。其の狀、小〔さき〕雞〔(にはとり)〕のごとく、四足にて、肉の翅、有り。遠く飛ぶこと能はず。夏月は、毛、盛んにして五色なり。自〔(おのづか)〕ら鳴く〔こと〕、「鳳凰不如我(アホンアハンプシユイコウ)」と曰ふがごとし。冬に至れば、毛、落ち、裸體(はだか)にて、晝夜、鳴き號(さけ)び、「得過旦過(テツコヲウツヱコヲウ)」と曰ふ〔がごとし〕。「月令〔(がつりやう)〕」に云はく、『曷旦、仲冬、鳴かず』〔と〕。蓋し、冬至より、陽、生じ、漸〔(やうや)〕く暖かなる故なり。屎〔(くそ)〕を「五靈脂」と曰ふ。
――――――――――――――――――――――
五靈脂(ごれいし) 曷旦の屎なり。凝りたる脂〔(あぶら)〕のごとくにして、五行の靈氣を受く。故〔に〕名づく。其の屎、恒〔(つね)〕に一處に集り、氣〔(かざ)〕、甚だ臊惡〔(なまぐさ)く〕、粒、大にして豆のごとく、之れを采るに、糊(のり)のごときなる者、有り、粘塊の餹(さたう)のごときなる者、有り。人、亦、沙石を以つて襍(まぜ)て、之れを貨(う)る。凡そ用ふるに、餹〔の〕心〔の〕潤澤なる者を以つて眞〔(しん)〕と爲す。【味、甘、溫。】凡そ足の厥陰肝經〔(けついんかんけい)〕の藥〔にして〕能く血病を治す。血を行(めぐ)らし、血を止め、諸痛を治す【人參を惡〔(い)〕み、人を損ず。】。
△按ずるに、「五靈脂」は、廣東(かんとう[やぶちゃん注:ママ。])の舩より來たる。
[やぶちゃん注:中文サイトの「鶡鴠」は「曷旦」と同じとする指示に従い、それで調べて行くと、キジ目キジ科ミミキジ属 Crossoptilon に行き当たった。ウィキに幸いにして「ミミキジ属」があり、それによれば、『模式種はシロミミキジ』(Crossoptilon
crossoptilon)で、どう属の種群(他にアオミミキジ Crossoptilon auritum とミミキジ Crossoptilon
mantchuricum がおり、『シロミミキジの亜種』とされる『チベットシロミミキジを』Crossoptilon
harmani として、『独立種とする説もある』とある)はインド北部と中華人民共和国にのみ分布し、『メスよりもオスのほうが大型になる。頬から後方へ白い羽毛が伸長する。属名Crossoptilonは「房状の羽」の意で、頬から伸長する羽毛に由来する。また和名や英名earedは』、『この羽毛が耳のように見えることに由来する。尾羽の枚数は』二十~二十四枚で、『頭頂は黒い羽毛で被われ』、『顔には羽毛が無く、赤い肉垂れ状の皮膚が露出する。後肢の色彩は赤い』。『オスは肉垂がより大型で、後肢に蹴爪がある』。標高千三百~五千メートルに『ある森林や岩場、草原などに生息する』。『食性は雑食で、植物の根、果実、種子、昆虫、ミミズなどを食べる』。『木の根元などに窪みを掘って』、一回に四~七回の『卵を産む』。『開発による生息地の破壊、食用やペット、剥製目的の乱獲などにより』、『生息数が減少している種もいる』とあった。さらに、中文サイトや海外サイトを検索して行くと、どうも、この「鶡鴠」=「曷旦」はミミキジ属の中でも特に、
ミミキジ Crossoptilon mantchuricum
を指し、中文サイトによれば、本種は中国固有種であると記されてあった。学名で画像を検索するうちに、画像も多数発見したが、京劇のメイクのような勇ましい顔立ちに、尾羽がこれまた、非常に装飾的に美しい鳥で(複数画像は英文サイトのこちらがよい)、黃平氏のブログ「julian2021
的部落格」の「大雪初候:鶡鴠不鳴」の写真のように、雪山で、もし、この鳥に出逢ったら、それはそれは夢のように素敵だろうと思った。
「盍旦〔(こふたん)〕【「詩經」。】」幾ら調べても、私の探し方が悪いのか、「詩経」に見当たらない。しかし「礼記」の「坊記」の一節に、
*
子云、「天無二日、土無二王、家無二主、尊無二上、示民有君臣之別也。」。「春秋」、不稱楚越之王喪、禮君不稱天、大夫不稱君、恐民之惑也。「詩」云、「相彼盍旦、尚猶患之。」。
*
とあるのは見つけた。また、明の焦紘(しようこう)の撰になる俗語の注釈書「俗書刊誤」(一六一〇年序)の四庫全書本巻八に、
*
鶡鴠 渇旦「詩疏」、盍旦「禮記」、鶡旦「月令」、鳱旦「鹽鐵論」。
*
ともあった。私の微力ではここまでである。識者の御教授を乞う。
「方言」揚雄の著とされる漢代の方言辞典。正式には「輶軒(ゆうけん)使者絶代語釈別国方言」。現行本は全十三巻であるが、元は十五巻。現在のものは東晋の郭璞が注を附したものである。参照したウィキの「方言(辞典)」によれば、『本文の体裁は「爾雅」に似ており、同義語を』一つに纏め、『広い地域で行われている語を最後に置いている。その後に、それぞれの語が』、『どこの方言であるかを説明している』。『郭璞の注は郭璞当時の方言と比較しており、晋代の方言について知る上の貴重な資料となっている』とある。同書の、巻八に、
*
䳚鴠、周魏齊宋楚之間謂之定甲、或謂之獨舂。自關而東謂之城旦、或謂之倒懸、或謂之鴠鴠。自關而西秦隴之内謂之鶡鴠。
*
とあるのを指す。
「獨舂〔(どくしよう)〕」中文サイトに鶡鴠の別名とある。
「𪇆𪄻〔(さやつどり)〕」「K'sBookshelf」(この漢字辞書は驚くほど詳しく、時に所持する大冊の「廣漢和辭典」より使い勝手がよい)の「臼部」の「𪄻」(ショウ・シュ)によれば、「𪇆𪄻(しょくしょう)」はカッコウ(郭公)で、カッコウ科カッコウ属の鳥とし、「鸀𪅖」「布穀鳥(ふこくちょう/ふふどり)」は同じ鳥の異名であるとする。これは知られた、全くの別種であるカッコウ目カッコウ科カッコウ属カッコウ Cuculus canorus のことである。しかし、実はこの後(「原禽類」の掉尾)に「𪇆𪄻(さやつどり)」の項が待っており、最終的に私はこの次の「𪇆𪄻(さやつどり)」なるものを、良安と同じく、
サギ亜目サギ科サンカノゴイ亜科ヨシゴイ属ヨシゴイ Ixobrychus sinensis
に比定同定した(この後に電子化するそちらを参照されたい)。大方の御叱正を俟つが、良安が「𪇆𪄻此れと同じからずや」(これとは全く違う鳥ではなかろうか?)と言っているのは私はすこぶる正当であると考えるものである。
「河東」旧郡名に因む現在の山西省南部の広域呼称。
「五臺山〔が〕諸山」五台山は山西省東北部の五台県にある古くからの霊山で、別名を「清涼山」とも言う。標高は三千五十八メートルで、文殊菩薩の聖地として古くから信仰を集めてきた。呼称から想像されるように、この山は五つの主要な峰によって構成されており、東台の望海峰、西台の掛月峰、南台の錦繡峰、北台を叶斗峰(ここが最高峰)、中台を翠岩峰と呼ぶ。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「肉の翅。有り」挿絵を見ると、それっぽく描いてあるが、実体は普通の雉と変わらない。
「鳳凰不如我(アホンアハンプシユイコウ)」良安が本文中に中国語をルビするのは極めて珍しい。「鳳凰は我に如(し)かず!」と鳴くというのである。「鳳凰不如我」を現代中国語でピンインと、そのカタカナ音写で示すと、
Fèng huáng
bù rú wǒ
ファン・フアン・プゥー・ルゥー・ゥオ
である。
「得過旦過(テツコヲウツヱコヲウ)」意味不明。「過」は「過(あやま)ち」か? とすれば、零落するのだから「過ちを得て旦(あした)に過(ゆ)く」であろうか? なお、調べて見ると、「旦過」は「たんが」と読んで、「夕べに来て早朝に去る」の意とし、「禅宗で行脚僧が宿泊すること又はその宿泊所」或いは「禅宗で長期の修行に来た僧を数日定められた部屋で坐禅させること」の意があり、さらに「得過」は広東語では「~する価値がある」の意がある。とすると、「夕べに来て晨(あした)に行くだけの価値があろうか!?!」と叫んでいるいるのかも知れぬ。識者の御教授を乞う。前同様に現代中国語でピンインと、そのカタカナ音写で示すと、
De guō dàn
guō
ドゥーァ・グゥオ・ダァン・グゥオ
である。
↓《注改稿》
「得過且過(テツコヲウツヱコヲウ)」公開直後に中国語に堪能な教え子がこの記事を読んで呉れ、これについて、
*
先生。三番目の字を「且」とすると、現代中国語で「得過且過」de guo
qie guo、ダーグオチエグオ。「その日暮らしをする」という意味の熟語です。何かご参考になればと思います。
*
というメールが届いた。そこで原典を再度見直してみると、本文は確かに、
「得過且過」
となっていた。言い訳がましいが、これは実は、私のいい加減な見誤りなのでは、ない。私は既に「和漢三才図会」を十巻以上、電子化してきたが、良安は実は、高い確率で「旦」の字を「且」と書いてしまう癖があるため、ここも「且」とあるのを認めながら、「旦」としてしまったのである。この鳥の別名が「盍旦」であることもこの誤りを助長し、さらに、東洋文庫訳でも「旦」と翻刻していたため、私自身が私の認識に対し、全く無批判になってしまった結果の誤りである。教え子の行司で仕切り直す。「得過且過」は現代中国語により、「かくも! すってんてんの真っ裸! かくも悲惨な、その日暮らしとなっちまった!」で、まさに落魄れた我と我が身を呪っているのかも知れぬ。「得過且過」を現代中国語でピンインと、そのカタカナ音写で示すと、
De guō qiě
guō
ドゥーァ・グゥオ・チィエ・グゥオ
である。
「月令〔(がつりやう)〕」「曷旦、仲冬、鳴かず」「月令」は「礼記」月令篇のこと。月令とは、一年の月毎の自然現象・行事・儀式・農作業などを記したものを指す。「礼記」のそれは「呂氏春秋」の「十二紀」から季節に関係する部分を抜き出したものである。同書に、
*
冰益壯、地始坼。鶡旦不鳴、虎始交。
*
とはある。「仲冬」は陰暦の冬三ヶ月の中の月である十一月の異名。
「五靈脂」残念ながら、現代の漢方医学では、このミミキジの糞ではなく、中国に生息するムササビ科(哺乳綱齧歯(ネズミ)目リス亜目リス科リス亜科
Pteromyini 族ムササビ属
Petaurista。前項「䴎鼠(むささび・ももか)(ムササビ・モモンガ)」を参照)の一種などの乾燥した糞便である。石川県金沢市の「中屋彦十郎薬局」の公式サイト内の「五霊脂」によれば、『かつては』『オオコウモリの糞と考えられていたこともある』とあり、『ムササビは前後の足の間には飛膜があり、樹木の間を滑空する』。『夜行性で木の実や若い枝葉などを食べる』。『樹の穴に巣を作ったり、洞穴や岩の割れ目に巣を作り、洞穴の周囲には灰黒色の糞便が見られる』。『現在は主に中国の河北、山西、陜西省などで産する』。『霊脂塊は粒状糞が凝結した不規則な塊状のもので、霊脂米は細長い卵円形のものである』。『表面の色は褐色で軽くて砕けやすく、断面は黄褐色で繊維状である』。『味は塩辛くて苦味があり、臭いは殆どない』。『成分としてはビタミンA類、その他で』、『炒りながら』、『酢や酒を加え、乾燥したものがよく用いられ』、『かつては解毒薬として蛇、ムカデ、サソリ等に咬まれたときに外用した』とある。
「粘塊」粘りを持った塊り。
「餹(さたう)」砂糖。
「沙石を以つて襍(まぜ)て、之れを貨(う)る」分量を誤魔化すため? いやいや、そう悪く考えてはいけません、きっと生臭い臭いを吸収させるためでしょう。煎じれば、差石は問題ありませんから。
「餹〔の〕心〔の〕潤澤なる者」砂糖のような粒の芯、核の部分に、十全な潤いがあるもの。
「眞〔(しん)〕」正統な本物の生薬としての五霊脂。
「足の厥陰肝經〔(けついんかんけい)〕」ウィキの「足の厥陰肝経」から引く。『経絡の一つ。肝経に属する足を流れる陰経の経絡である。肝臓と胆嚢は共に中国の五行(木、火、土、金、水)でいうと』、『木に属するため』、『密接な関係を持つ。また』、『肝臓はもとより、目のまわりを取り囲んでいるため』、『目の痛みにこの肝経の経穴を使うこともある』という。『足の第』一『指爪甲根部外側(大敦穴)に起こり、足背を通り中封穴に抵る。ついで』、『脛骨前面を上り、大腿内側を循って陰部に入り、生殖器を循ったのち』、『下腹に入り期門穴へ上り、胃を挾んで肝に属し、日月穴の部で胆を絡』(まと)う。『さらに横隔膜を貫いて側胸部に散布し、気管、喉頭の後を循り咽頭に出て、眼球のあたりに達し頭頂に出る。その支なるものは、眼球のあたりから』、『頬に出て』、『唇を循る。別の支なるものは、肝から分かれて横隔膜を貫き』、『肺に注ぎ、下行して中焦に至り、手の太陰肺経に連なる』とある。
「血病」血液とその循環に関わる諸病。
「血を行(めぐ)らし、血を止め」血行を良くし、悪しき血の滞留や対流を止める。
「人參を惡〔(い)〕み、人を損ず」人参(朝鮮人参)と甚だ相性が悪く、合わせて用いると人に重大な害が齎される、の意で採っておく。
「廣東(かんとう)」現在の中国南部の広東(かんとん)省。]
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