萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 冬
冬
つみとがのしるし天にあらはれ、
ふりつむ雪のうへにあらはれ、
木木の梢にかがやきいで、
ま冬をこえて光るがに、
おかせる罪のしるしよもに現はれぬ。
みよや眠れる、
くらき土壤にいきものは、
懴悔の家をぞ建てそめし。
[やぶちゃん注:初出は『地上巡禮』大正四(一九一五)年三月号であるが、題名が「貘」と異なり、詩篇自体も大幅な改変がなされている。既に「貘 萩原朔太郎(「冬」初出形)」で電子化しているが、再掲する。
*
貘
あきらかなるもの現れぬ、
つみとがのしるし天にあらはれ、
懺悔のひとの肩にあらはれ、
齒に現はれ、
骨に現はれ、
木木の梢に現はれ出で、
眞冬をこえて凍るがに、
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ。
――淨罪詩扁――
*
「扁」は「篇」の誤植であろう。
【二〇二一年十二月二十八日追加】なお、筑摩版全集の「草稿詩篇 月に吠える」には本篇の草稿四種五枚の内、三種(無題・「所現」・「家」)が掲げられてある。以下に示す。歴史的仮名遣・脱字はママ。
*
○
つみとがのしるし天にあらはれ、
みよ懺悔のいのれるひとの姿にあらはれ、
つみとがのしるし天にあらはれ
樹々の梢にあらはれ
光れる雪
れきれきとしてその齒にあらはれきざまれ
骨にあらはれきざまれ
樹にきざまれ
しるしは天にあらはれぬ
樹々の梢にあらはれいで
ま冬めぢのかぎり
さもしろしろを雪ふりつもり[やぶちゃん注:「を」はママ。「と」の誤字か。]
ま冬を越えていちめんに
犯せる罪のしるし四方にあらはれぬ、
罪罰
所現
あきらかなるもの現れぬ
つみとがのしるし天にあらはれ
懺悔のひとの姿にあらはれ
齒にあらはれ
骨にあらはれ
木々のゆきふるなべにしらしらと
木々の梢にあらはれいで
あるみにうむの薄き紙片に
すべての言葉はしるされたり
ま冬をこゑていちめ雪ぞらに凍るがに
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ
――淨罪詩扁
家
つみとがのしるし空にあらはれ、
ふりつむゆきのうへにあらはれ
凍れる魚の齒にもあらはれ
木々の梢にあらはれかがやきいで
ま冬を越えて光るがに
犯せる罪のしるしよもにあらはれぬ。
みよや眠れる
くらき土壞にいきものは
懴悔の家をぞ建てそめし。
*
最後の「家」の後の編者注があり、『「家」は雜誌發表(題名「貘」)から詩集刊行までの間に書かれた清書原稿と推定される』とある。といっても、発表は大正四(一九一五)年三月で、「月に吠える」の刊行は大正六年二月十五日であるから、そのスパンは二年ある(以上は字体をゴシックにして追加であることを明確にした)。]
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