萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 麥畑の一隅にて
麥畑の一隅にて
まつ正直の心をもつて、
わたくしどもは話がしたい、
信仰からきたるものは、
すべて幽靈のかたちで視える、
かつてわたくしが視たところのものを、
はつきりと汝にもきかせたい、
およそこの類のものは、
さかんに裝束せる、
光れる、
おほいなるかくしどころをもつた神の半身であつた。
[やぶちゃん注:「類」は韻律からは私は「たぐひ」と読みたい。「月に吠える」再版(大正一一(一九二二)年三月アルス刊)及び昭和四(一九二九)年以降の詩集類では、各行末の読点が除去されており、また昭和三(一九二八)以降の詩集類では「かくしどころ」に傍点「ヽ」が附される。本詩は詩集「月に吠える」が初出で、先行する雑誌等への発表はない。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『麥畑の一隅にて(本篇原稿一種一枚)』として以下の一篇が載る(標題は「實驗(麥畑の敎訓)」)。表記は総てママである。
*
事實(麥畑の中の敎訓)
實驗
まつ正直の心もちで
わたくしどもはものをいひたい話をしたい
信心からきたるものはすべて
すべて幽靈のかたちであるみえる、
かつてわたくしが視たところのものを
もつと汝らにきかせたい
それかくの如きおよそこの類のものは、
白きさかんに裝束せる
光れる、
おほいなるかくしどころをもつた神であるの半身であるつた。
*]