和漢三才圖會第四十三 林禽類 鷑鳩(ぎうく) (謎の鳥「くろもず」(?))
ぎうく 鵧鷑 駕犁
載勝 烏臼
鷑鳩【音及九】
鐡鸚鵡
搾油郎
キッキウ
[やぶちゃん注:「鵧鷑」の「鵧」は原典では「並」の左右の六・七画目が鈎(かぎ)状に四・五画に接した字であるが、これが表記出来ないこと、及び、東洋文庫訳やネット上の辞書類でこの鳥を示すのに「鵧鷑」が用いられていることから、これに代えた。]
本綱鷑鳩狀小于烏能逐鳥其大如燕而黑色長尾有岐
頭上戴勝所巢之處其類不得再巢必相闘不已三月五
更輙鳴農人以爲候其聲曰架架格格至曙乃止故呼爲
搾油郞又能啄鷹鶻鳥鵲乃隼屬也
△按此未知何鳥蓋搾油郞者油造家之搾郎也毎自五
更打槌其所業和漢不異
*
ぎうく 鵧鷑〔(へいりふ)〕
駕犁〔(がり)〕
載勝〔(たいしよう)〕
烏臼〔(うきゆう)〕
鷑鳩【音及九】
鐡鸚鵡〔(てつあうむ)〕
搾油郎〔(さくゆらう)〕
キッキウ
「本綱」、鷑鳩、狀、烏〔(からす)〕より小にして、能く鳥を逐ふ。其の大いさ、燕のごとくして、黑色。長き尾〔に〕、岐、有り。頭の上に「勝〔(しよう)〕」を戴す。巢〔(す)せ〕しむ處、其の類、再び、巢を得ず。必じ、相ひ闘ひて、已まず。三月〔の〕五更、輙〔(すなは)〕ち、鳴く。農人、以つて候と爲す。其の聲、「架架格格(キヤキヤ〔カクカク〕)」と曰ふ〔がごとし〕。曙に至りて、乃〔(すなは)〕ち、止む。故に呼んで、「搾油郞」と爲す。又、能く鷹・鶻鳥〔(はやぶさ)〕・鵲〔(かささぎ)〕を啄〔(ついば)〕む。乃ち、隼〔(はやぶさ)〕の屬なり。
△按ずるに、此れ、未だ何鳥といふことを知らず。蓋し、「搾油郞」とは油造家(あぶらや)の搾-郎(しぼり〔て〕)なり。毎〔(つね)に〕、五更より槌〔(つち)〕を打つ。其の所-業(しわざ)〔は〕、和漢、異ならず。
[やぶちゃん注:読みの「ぎうく(現代仮名遣いは「ぎゅうく」か。東洋文庫訳はそうなっているのだ)」は頗る不審。この熟語を音読みするなら、「リウキユウ(リュウキュウ)」であるし、中国語音「lì jiū」(リィー・ヂ(ォ)ウ)を写したものか? いやいや、そんあことはどうでもいいのだ。ともかくも、遂に、良安が丸投げする、全く種不明の鳥が出現したのだ。諸異名でも中文サイトを調べてみたが、現在の種に同定比定した記事にぶつからない。
しかし、捜しているうちに、清代の類書(百科事典)で、中国史上最大の巻数一万巻から成る、康熙帝が陳夢雷らに命じて作らせた「欽定古今図書集成」(一七二五年完成)の「博物彙編」の「禽蟲典」第四十九巻に載る、本種を描いた「鵧鷑圖」のパブリック・ドメインの画像を「Wikimedia Commons」のこちらで発見した。特殊な画像ファイルであったため、複数回のファイル変換とサイズ変更を行ったが、なかなかにいい絵なので、特にここに掲げることとする。
清代にかくもちゃんと描けるからには、今も実在する鳥と考えてよかろう(こんだけ他種にも強い鳥だとしたら、そう短時間に絶滅したとは思われないし、この鳥が人間にとって薬用・食用・装飾用等の何らかの強い需要を持っていて個体数が激減したり、絶滅してしまったとするなら、寧ろ、ネット上にその記載が複数登場しておかしくない。ということは、今もいるんだ。
しかし、灯台下暗しで、試しに所持する大修館書店「大漢和辭典」の「鷑」を引いたところが、そこには『鷑鳩(きゅうきゅう)はくろもず』とあったのである。
しかし、これ、「クロモズ」という種は、いないのである。
それでも、ネット画像で調べてゆくと、モズ科 Urolestes 属シロクロオナガモズ Urolestes
melanoleucus という種は、全身が黒く、尾が長くて二岐となっている点ではピッタシカンカンだ! と小躍りしたところが、残念なことに、この種はアフリカのサバンナ地帯にしか分布せず、中国にはいないのだ(英文ウィキの当該種の「Magpie
shrike」と、その画像を見られたい)。
「隼〔(はやぶさ)〕の屬」(ハヤブサ目
Falconiformes ハヤブサ科
Falconidae ハヤブサ亜科
Falconinae ハヤブサ属ハヤブサ Falco peregrinus)なんて言っているから(確かに強いもんな)、私の見当違いの、全然違う科の鳥なのかしらん?
なんだか、今、鷑鳩のとまっている樹の下まで来た感じがするんですけど!
中国に棲息する、黒いモズの仲間で、この記載に合う種を御存じの方は、御教授願いたい。
Dicrurus macrocercus cathoecus(中部・東部・南部中国からミャンマー東部・タイ北部・インドネシア北部)
Dicrurus macrocercus harterti(台湾)
の二種が、中国に分布していることが判った。古名と、その特徴的な二岐の尾、体色の黒さから、まず、「本草綱目」記載の「鷑鳩」はこれと見て、間違いないように思われる。何時もながら、T氏に謝意を表するものである。同ウィキの画像は使用許諾画像であるので、貼付する。
「勝〔(しよう)〕」婦人の髪飾り。華勝。
「巢〔(す)せ〕しむ處、其の類、再び、巢を得ず」ある鷑鳩の個体が営巣したところには、同じ鷑鳩の類は、営巣することは出来ない。
「五更」現在の広汎な夜明けの時間帯である、午前三時頃から五時頃。
「候」ここは田畑に入って本格的に行う農事の開始期を指している。
「「架架格格(キヤキヤ〔カクカク〕)」ピンインで「jià jià gē gē」(ヂィア・ヂィア・グゥー(ァ)・グゥー(ァ)」。これは意味よりも、同時間に鳴く鶏鳴と同じようなものなのかもしれない。
「搾油郞」「油造家(あぶらや)の搾-郎(しぼり〔て〕)」所謂、油を菜種などを叩き潰して採取する職人のこと。「KAWASHIMA-YA」公式サイト内の「平出油屋さんの菜種油―伝統が息づく日本の手仕事―」に製造過程が詳しく示されてある(動画も有り)。その圧搾過程を全くの人為でするとすれば、夜鍋仕事であることは想像に難くない。
「鷹」現行では、タカ目タカ科 Accipitridae に属する鳥の内でも比較的小さめのものを指す通称である。
「鶻鳥」先に示したハヤブサの異名。
「鵲」スズメ目カラス科カササギ属カササギ Pica pica。
「五更より槌〔(つち)〕を打つ。其の所-業(しわざ)〔は〕、和漢、異ならず」珍しくどうでもいいこと言ってお茶濁し。良安先生、流石に全然判らんというのが、気が引けたのかも知れんなぁ。]
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