萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 焦心
焦 心
霜ふりてすこしつめたき朝を、
手に雲雀料理をささげつつ步みゆく少女あり、
そのとき並木にもたれ、
白粉もてぬられたる女のほそき指と指との𨻶間(すきま)をよくよく窺ひ、
このうまき雲雀料理をば盜み喰べんと欲して、
しきりにも焦心し、
あるひとのごときはあまりに焦心し、まつたく合掌せるにおよべり。
[やぶちゃん注:太字「あるひと」は底本ではの傍点「ヽ」。「雲雀料理」パートの掉尾の詩篇である。初出は『地上巡禮』大正四(一九一五)年一月号。四行目
「白粉もてぬられたる女のほそき指と指との𨻶間(すきま)をよくよく窺ひ、」
が
「化粧せる女の白き指と皿との𨻶間(すきま)をよくよく窺ひ、」
と大きく異なる。「このうまき」が「この」、「およべり」が「及べり」となっている。
因みに、筑摩版全集校訂本文では正字統一方針に従い、「並木」を勝手に「竝木」にしてしまっている。こんな暴挙はあってはならない。萩原朔太郎は一度としてここを「竝木」とは書かなかったのであるのに、である。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『焦心(本篇原稿五種二枚)』としつつ、一篇の無題がチョイスされて載る。以下に示す。表記は総てママである。丸括弧は朔太郎の附したもの。
*
○
雪ふりつめたきあさを
少女の列はあたゝき別製の雲雀料理をもてさゝげたりゆく少女あり
┃そのそが光れる皿と女の白き指のすきまより
┃娘少女の白き指と皿とのすきまより
[やぶちゃん注:「┃」は私が附した。二つのフレーズが並置残存していることを示す。]
(狡猾にも)この雲雀料理を盜み喰べんとして
霜かれづきの並木にもたれつつ
あるひとのごときはいたましきまでに 傷 焦心せるものなりは眼をさへとじ 合掌し傷心 せるなり→してあり→ありさまなり、 せるに及べり傷心し合掌せるにも及べり、
*]
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