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2018/11/09

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 休息

 

      休   息

 

そのきらびやかな空間の

上部にはきんぽうげが咲き

 (上等の butter-cup(バツタ カツプ)ですが

  牛酪(バター)よりは硫黃と蜜とです)

下にはつめくさや芹がある

ぶりき細工のとんぼが飛び

雨はぱちぱち鳴ってゐる

 (よしきりはなく なく

  それにぐみの木だつてあるのだ)

からだを草に投げ出せば

雲には白いとこも黑いとこもあつて

みんなぎらぎら湧いてゐる

帽子をとつて投げつければ黑いきのこしやつぽ

ふんぞりかへればあたまはどての向ふに行く

あくびをすれば

そらにも惡魔がでて來てひかる

 このかれくさはやはらかだ

 もう極上のクツシヨンだ

雲はみんなむしられて

靑ぞらは巨きな網の目になった

それが底びかりする鑛物板だ

 よしきりはひつきりなしにやり

 ひでりはパチパチ降つてくる

 

[やぶちゃん注:十四行目「どての」(土手の)は底本では「どこの」となっているが、「正誤表」に「どこ」とあるので、その通りに訂した。ルビの「バツタ」「バター」の違いはママ。大正一一(一九二二)年五月十四日の作。現存稿は底本原稿のみで(大きな異同を感じないので略す)、これ以前の発表誌等も存在しない。底本原稿は、

【異同】下げの二つ目の第四連「(よしきりはなく なく」/「それにぐみの木だつてあるのだ)」の二行の本文字下げは、底本より一つ下、則ち、二行とも本文三字下げ(一行目の丸括弧の始めは三字目)となっている。

・【推敲跡】その一行目の

「よしきりはなく なく」がもとは、

 かけすはやる やる

であったのを書き換えている。

・【推敲跡】一字下げ最終連の

「よしきりはひつきりなしにやり」の「よしきり」が、前条と同じく、元は「かけす」であったものを書き換えている。

以外には異同はない。

 宮澤家「手入れ本」は、字下げ第二連「(上等の butter-cup(バツタ カツプ)ですが」/「牛酪(バター)よりは硫黃と蜜とです)」に「☓」印を附してある。なお、「それにぐみの木だつてあるのだ」の「それに」を抹消しながら、またその横に「それに」と書き直している。

「きんぽうげ」「butter-cup(バツタ カツプ)」キンポウゲ(金鳳花)目キンポウゲ科キンポウゲ属 Ranunculus。キンポウゲ科 Ranunculaceae の彼らは全世界に二千種以上いるから断定は控えるが、賢治が見ているのは、私の好きな亜高山性・高山性の、ミヤマキンポウゲ Ranunculus acris var. nipponicus ではないかと感じている。「buttercup」は「キンポウゲ(属)」(ラナキュラス)の英名。現行ではハイフンは不要。「バターの盃」。英語のスラングでは「可愛い子ちゃん」や、可憐で弱々しい対象を親しみを込めて呼ぶ際にしばしば用いられる。

「つめくさ」既出既注。マメ目マメ科シャジクソウ属 Trifolium 亜属 Trifoliastrum 節シロツメクサ Trifolium repens のこと。ヨーロッパ原産の帰化植物。

「芹」セリ目セリ科セリ属セリ Oenanthe javanica。私は亡き母と裏山の池の傍の湿地でよく摘み取ったのを懐かしく思い出す……。

「ぶりき細工のとんぼ」隠喩。

「よしきり」鳴き声が特徴的な(私は姿も鳴き声も好き)、鳥綱スズメ目スズメ亜目スズメ小目ウグイス上科ヨシキリ(葦切)科 Acrocephalidae のヨシキリ類(鳴き声と動画は例えばYou Tube ここ(オオヨシキリ)やここ(コヨシキリ))。本邦ではヨシキリ科ヨシキリ属オオヨシキリ Acrocephalus arundinaceus・ヨシキリ属コヨシキリ Acrocephalus bistrigiceps の二種が夏鳥として渡って来る。私の和漢三才圖會第四十一 水禽類 剖葦鳥(よしはらすずめ)(ヨシキリ)も参照されたい。

原稿の元の「かけす」はスズメ目カラス科カケス属カケス Garrulus glandarius。私は体験上は印象のよくない鳥である(だから賢治が変えて呉れたのは嬉しい)が、ウィキの「カケスによれば、『「ジェー、ジェー」としわがれた声で鳴く。英語名の『Jay』はこの鳴き声に由来する。また他の鳥の鳴き声や物音を真似するのが巧く、林業のチェーンソーや枝打ち、木を倒す時の作業音を「ジェージェー」の間奏を入れつつ再現することもある。飼い鳥として人に慣れたものは人語の真似までする』とある。

「ぐみの木」バラ目グミ科グミ属 Elaeagnus のグミ類は本邦に十数種が植生するが、分布から考えると、アキグミ Elaeagnus umbellata ではないかと思う。ウィキの「グミによれば、『根にフランキア属』(真正細菌放線菌門放線菌綱フランキア目フランキア科フランキア属 Frankia)『の放線菌が共生し』、『窒素固定を行うので、海岸などのやせた土地にも育』ち、『方言名に「グイミ」がある。グイはとげのこと、ミは実のことをさし、これが縮まってグミとなったといわれる。その他に中国地方ではビービー、ブイブイ、ゴブなどとも呼ばれている』とある。なお、アキグミの実(但し、本ロケーション時期とはずれて、秋に朱から赤色の球形果をつける)は食用になるものの、タンニンを多く含むため、そのままでは強い渋みがある。但し、実にトマトの七倍から十七倍ものカロチンの一種リコピン(lycopene)を含むことでもよく知られる。

「しやつぽ」シャッポ。帽子。フランス語「chapeau」であるが、特にツバのある帽子を指す。茸狩りで見つけた者が帽子を投げて採る前に占有を主張するのはヨーロッパではごく普通のことである。精神分析医のフロイトはこれの名人であった。「キノコ」「帽子」「被せる」……彼の汎性理論の教科書みたような事実である。

「鑛物板だ」鉱物質で出来た平滑で鋭く輝く板のようだ。

「ひでり」「陽照り」。「旱」ではない。]

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