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2018/11/21

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 天然誘接

 

 

        天 然 誘 接

 

  北齊(ほくさい)のはんのきの下で

  黃の風車まはるまはる

いつぽんすぎは天然誘接(てんねんよびつぎ)ではありません

槻(つき)と杉とがいつしよに生えていつしよに育ち

たうたう幹がくつついて

險しい天光(てんくわう)に立つといふだけです

鳥も棲んではゐますけれど

 

[やぶちゃん注:一言言っておくと、この詩篇の版組はまず詩集ではあり得ない、とんでもないものである。131ページが開始であるが、131ページには最終行に標題「天然誘接」のみがあるのである。意図的にそうした変奇的組み方を指示する自称詩人はいるが(実際に持っている自称詩集とする自称現代詩人の本にある。誰とは言わない)、本詩篇の場合、そんな意思が作者によって反映されたなどとは到底思われない。そんなことを最終的に指示するくらいだったら、賢治はもっと数多の誤植を訂させるであろう(因みに、ある方の記載で、賢治が本書のある詩篇の版組みに於いて改ページに意図的な指示(そこで読者にブレイクが起こるように)をしたというような解釈をされているのを見かけたが、私はそれは百%ないと断言出来る)。「たうたう」はママ。原稿も同じで、手入れもない。既に出た通り、賢治の書き癖である。

 大正一一(一九二二)年八月十七日の創作。本書以前の発表誌等は存在しない。原稿は「グランド電柱」の「柱」の木(へん)まで書いて中止し、「天然誘接」と書き直ししている。これは本詩篇を「グランド電柱」としようとしたのでは無論なく、次の次に出る「グラン電柱」を一瞬、ここに配そうとしたか、或いはそう誤ったか、の孰れかと推察される。「手入れ本」の一本で最終行を「鳥も棲んではゐますけれども」と「も」を入れる。

「天然誘接」「てんねんよびつぎ」「誘接」「よぶつぎ」は「呼び接ぎ」とか「寄せ接ぎ」と称する「接(つ)ぎ木」の技術の一つで、穂木(ほぎ:挿し木・接ぎ木に使う枝。挿し穂や接ぎ穂。同仕儀に於いて挿す或いは接ぐ方(通常は挿される或いは接がれる方の植物体(「台木」と言う)の上部に)の植物体(片)を指す)を、元の植物体から切り離さずに接ぐ方法を言う。台木と穂木の一部を削いで接(つ)いでおいて、双方が癒着したところで、穂木の根元側を伐る手法を指す。しかし、「いつぽんすぎは天然誘接(てんねんよびつぎ)ではありません」というのであるから、この一本杉は自然にそれが行われたものではないと言っているわけで、以下でこれは実は「槻(つき)」(バラ目ニレ(楡)科ケヤキ(欅)属ケヤキ Zelkova serrata の別名。)が一本生えており、それにすぐ脇に「杉」(裸子植物門マツ綱マツ目ヒノキ科スギ亜科スギ属スギ Cryptomeria japonica)が一本生えており、それが「いつしよに生えていつしよに育ち」、「たうたう幹がくつついて」(ということは、二本の異種木の枝が絡まって貫入し癒合して連理樹のような現象が起きたというのではなく、双方の主幹が癒合したというのである)、世間ではこの「槻」と「杉」とのハイブリッド樹を「一本杉」と称していると言うのである。こういう現象自体はあると思うが、その場合、ハイブリッドではあり得ない(被子植物と裸子植物が融合するというのは考えられない)、世間で言っているようにそれは「杉」に大方は吸収、枯れされられたのである。但し、或いは、包含された杉の洞の一部に「槻」の細胞が生きていて、枝葉を出したりする可能性はあるかも知れぬが。あまり重箱の隅を穿(ほじく)る必要はない。これは賢治の理想とした、自然・宇宙に於ける生きとし生けるのものたちの、永遠(とわ)の共生のパラダイスのシンボライズの一篇なのであろう。なお、ギトン記載孫引であるが、佐藤勝治氏の「“冬のスケッチ”研究―宮沢賢治・青春の秘唱」(増訂版・一九八四年十字屋書店刊)によると、この一本杉は実際に、当時、万丁目・新田・湯口村方面にあったとし、ギトン氏は『JR花巻駅から西へ向かい』、『東北自動車道を越えたところに“一本杉”という地名があるので、このあたりと思われ』るとされる。確認した。である(国土地理院図)。

「北齊(ほくさい)のはんのきの下で」/「黃の風車まはるまはる」これは私などは一読、先の「小岩井農塲」の「パート七」の「富士見の飛脚」の注で示した、葛飾北斎の「富嶽三十六景」の「駿州江尻」を想起する。中央の細い天秤棒で振り分け荷物を持った人物の薄黄色の笠部分だけが外れて、宙に舞いあがり、画面右手上部で裏を見せて飛んでいるのは「黃の風車」に相応しいと思う(「浮世絵のアダチ版画」のオンライン・ストアのこちらを見られたい)し、この絵の左手に生えている二本の木はその樹皮のごつごつした感じ、や丈の高さから、「榛の木」(ブナ目カバノキ科ハンノキ属ハンノキ Alnus japonica)だと言われると、そうかも知れないなと思わせる。絵のそれは周囲が湿地のように見受けられ、ハンノキは本邦では全国の山野の低地・湿地・沼に自生しているからである。]

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