宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 竹と楢
竹 と 楢
煩悶(はんもん)ですか
煩悶ならば
雨の降るとき
竹と楢(なら)との林の中がいいのです
(おまへこそ髮を刈れ)
竹と楢との靑い林の中がいいのです
(おまへこそ髮を刈れ
そんな髮をしてゐるから
そんなことも考へるのだ)
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年九月七日の作。本書以前の発表誌等は存在しない。「手入れ本」は宮澤家版と藤原嘉藤治所蔵本の現存本は全行に斜線を附す。今一つの現在所在不明の藤原嘉藤治所蔵本では、抹消はなく、「竹と楢(なら)との林の中がいいのです」が「竹と楢(なら)との林の中がいいですな」と修正してあった。
「竹」単子葉植物綱イネ目イネ科タケ亜科タケ連 Bambuseae のタケ類。代表的な一種はマダケ属マダケ Phyllostachys bambusoides であるが、タケ類は世界で六百~千二百種、本邦でも百五十~六百種があるとされる(学説によって異なる)。なお、一部、各所に特定のスパンを持って転々と忽然と竹林があることが多いのは、竹細工を生業(なりわい)として漂泊したサンカの人々が、永い彼らの歴史の中で植えた結果であるとする説を私は強く支持している。
「楢」賢治が好きな木で複数回既出既注。ブナ目ブナ科コナラ属
Quercus の総称であるが、ここはその中でも主要な種とされるミズナラ Quercus crispula ととっておく。なお、竹が落葉広葉樹である水楢に混在した場合は、水楢が成長して林を形成すると、竹は太陽光を遮られて枯れてしまうから、ここはそれらの過渡期的な林か、相互が棲み分けて、しかし、遠目には一つの叢(むら)、林のように見えるものを指しているのかも知れない。
しかし、問題はこの異様な応答である。そうして、竹と水楢の林なるものを想起した時、どうもそうした林(特に過渡期的混在林)は、およそ、穏やかに散策出来るような場所ではない。「煩悶」しているの「ならば」、「雨の降るとき」に「竹と楢(なら)との林の中がいい」という謂いは現実的でない。寧ろ、「煩悶」を象徴するような、散歩もし得ない場所である。しかも雨さえ降っている。とすると、この「そんな髮」と誰かが詩人を批難している「そんな髮」がキーになる。即ち、「雨の降る」「竹と楢(なら)との林」はまさにそのごちゃごちゃした「髮」の外化したものと見ることが出来、ごちゃごちゃした「髮」は、「そんな髮をしてゐるから」「そんなことも考へるのだ」という批難の言葉によって、直ちに、その下に在る、ごちゃごちゃした詩人の「脳髄」の言い換えへと変貌する。「おまへこそ髮を刈れ」! 「おまへこそ髮を刈れ」! 「そんな髮をしてゐるから」「そんなことも考へるのだ」! と批難する人は誰か? 父か? 父のような存在か? 市井の人々か? 詩人の超自我か? その批難がまるっきり不当なものであると詩人が考えているなら、そもそもがこんな詩篇を創る必要はない。無視すればよい。とすれば、表明されるその批難に対し、詩人はそれは確かに正当な一面があると認めていると読まねばなるまい。であるなら、これはやはり詩人の中の別な全く反するアンビバレントな意識・思想からのもう一人からの指弾とするのが正当であろう。……私は高校時代、髪を女みたように伸ばし、パンタロンみたようなジーンズを穿きながら、鬱々としていた。そうして四季を通じて、休日になると、住んでいた高岡市伏木の二上山の麓の奥、矢田の堤を越えて、谷川深く入り込み、最早、獣道(けものみち)でさえない中を、何時間も何時間も、目的もなく、ただ蒸し暑い中、はたまた、雪の積もった中を彷徨するのを常としていた。大の昆虫嫌いの臆病な私が、寒がりの私が、だ。だから、私はこの賢治の謂いに限りない共感を覚えるのである……]
« 宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 たび人 | トップページ | 宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 銅線 »

