宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 電線工夫
電 線 工 夫
でんしんばしらの氣まぐれ碍子の修繕者
雲とあめとの下のあなたに忠告いたします
それではあんまりアラビアンナイト型です
からだをそんなに黑くかつきり鍵にまげ
外套の裾もぬれてあやしく垂れ
ひどく手先を動かすでもないその修繕は
あんまりアラビアンナイト型です
あいつは惡魔のためにあの上に
つけられたのだと云はれたとき
どうあなたは辯解をするつもりです
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年九月七日の作。本書以前の発表誌等は存在しない。原稿は「云はれたとき」が「いはれたとき」とひらがな。最終校正でひらがなにしたらしい。宮澤家版「手入れ本」は大きく全体を改変している(改変しないのは一・四・六行目のみ)。以下に示す。
*
電 線 工 夫
でんしんばしらの氣まぐれ碍子の修繕者
雲とあめとのそのまつ下のあなたに忠告いたします
それではまるでアラビヤ夜話のかたちです
からだをそんなに黑くかつきり鍵にまげ
雨着の裾もぬれてあやしく垂れさがり
ひどく手先を動かすでもないその修繕は
アラビヤ夜話のあんまりひどい寫し【模倣】です
あいつは黑い盜賊團か
惡魔のためにあすこのとこに
つけられたのだと云はれても
どうまああなたは辯解できるおつもりですか
*
【模倣】は「寫し」の横に「模倣」(「倣」の字の(にんべん)を(のぎへん)に誤記している)を併記していることを示した。
「でんしんばしら」「グランド電柱」の注を参照されたい。
「氣まぐれ碍子の修繕者」「氣まぐれ」は「氣まぐれ碍子」で一語のように見え、気紛れに故障をやらかす碍子(碍子はやはり「グランド電柱」の注を参照)の謂いであるが、どうも後の謂いを見るに「雲とあめとの下」でショートしちまうかもしれない、碍子の修繕しよだなんて、それって気紛れですか? と物言いしているようにも読める。私はそう二重に読む。だから「あなたに忠告いたします」と続いて腑に落ちるからである。
「それではあんまりアラビアンナイト型です」「アラビアンナイト」は、その中の具体な話を想起して喩えているのではなく、「アラビアンナイト」から単に「魔法」を連想しているのであろう。以下、如何にも事大主義的な真黒な防雨防電用の外套を着ている(「そんなに黑く」)修理工夫が「からだをかつきり鍵にまげ」(電信柱に体を確保するために両足を挟んで(推定)上半身を鈎型に曲げて)て、「外套の裾も」ずぶ濡れで、それがまた、如何にもぬらぬらとして「あやしく垂れ」ていて、これはもう、尋常には見えないぞ! しかも「ひどく手先を動かすでもな」く(碍子の修繕であるからその作業はその大仰な姿形に反して、指先だけで行う微細な作業なのであろう)、そこにその格好で固まっている、いや! 吊り下げられているのだ! やっぱり「あんまりアラビアンナイト型」じゃないですか?! そうして「魔法」から「惡魔」が関係妄想され、あなたは誰からから、「あいつは惡魔のためにあの上に」「つけられた」者な「のだ」! と名ざされた時、「どうあなたは辯解をするつもりです」か? と謂い掛けているのである。ややブラッキーなファンタジーの切り取りである。]
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