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2018/11/20

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 電車

 

         電  車

 

トンネルへはいるのでつけた電燈ぢやないのです

車掌がほんのおもしろまぎれにつけたのです

こんな豆ばたけの風のなかで

 

 なあに、山火事でござんせう

 なあに、山火事でござんせう

 あんまり大きござんすから

 はてな、向ふの光るあれは雲ですな

 木きつてゐますな

 いいえ、やつぱり山火事でござんせう

 

おい、きさま

日本の萓の野原をゆくビクトルカランザの配下

帽子が風にとられるぞ

こんどは靑い稗(ひえ)を行く貧弱カランザの末輩

きさまの馬はもう汗でぬれてゐる

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年八月十七日の創作。本書以前の発表誌等は存在しない。原稿は「木きつてゐますな」が「木𣏾つてゐますな」。「手入れ本」の一本は初行に「トンネルへはいるのでつけた電燈ぢやあないのです」と「あ」を入れる。

 五十日のブランクには、全集年譜を見ると、詩篇の創作は行われていないが、年譜によれば、七月十五日(年譜では直前は前の「高級の霧」の注の末尾に附した七月六日である)に丁度、この頃より一週間ほどに亙って毒蛾が発生し、猛威を振るったとあるが、年譜のある校本全集十四巻の「作品資料」の冒頭にある『岩手日報』(大正一一(一九二二)年七月十七日附)の岩手県師範学校の鳥羽源蔵氏の寄港記事を読むに冒頭で『此頃黃色の一種の蛾が皎々たる電燈の下に、集い寄つて來る』とし、『ドクテフ』『ドクガ』とするものの、この成虫の色からみて、これは鱗翅目ドクガ科ドクガ属チャドクガ Euproctis pseudoconspersa であろうと思われる(ドクガ科 Artaxa 属ドクガ Artaxa subflava の成虫は褐色である)。年譜本文には賢治はこれを素材としてこの日童話「毒蛾(リンク先は渡辺宏氏のもの。向後は何も注しない場合は総てそちらである)を書いている(これは後に「ポラーノの広場」の「五、センダード市の毒蛾」に生かされた)し、八月に入ると、八月九日には、かの「イギリス海岸」が書かれたと推定されており、旺盛な創作力は衰えを知らなかった回の「高級の霧」注の最後で紹介した妹シゲの回想にも『そのころ兄は書きたいことが、次から次へ湧きだすようで、それがとてももどかしくていちいち字にはしていられないというような時が多かったようでした』とあった通りである)。本詩篇も、読むからに、軽いギャグのショート・コントという面目がある。トシが別宅へ移され、常に実家にいる時には病床のトシと顔を合わすことはなくなった。しかし賢治はトシが気になる。しかし同時に、その哀傷の脳髄から別に奔流するミューズの天啓は、停滞させようもなかった。そうしたアンビバレントな感覚が、童話や詩篇で、代償的に軽快でジョークのようなそれを現出させていたのかも知れない。

「電車」旧花巻電気軌道(大正二(一九一三)年設立。昭和四七(一九七二)年に鉄道・軌道線は全廃されている)。本篇が書かれた大正一一(一九二二)年八月当時は、電車軌道は花巻-松倉間(路線はウィキの旧「花巻電鉄」を参照されたい)。ギトン氏のこちらで当時走っていた、怖ろしくスリム(非常な狭軌)なそれが見られる。松井潤氏のブログ「HarutoShura」の本詩篇の解説によれば、本篇が『作られた直後の』大正一二(一九二三)年五月時点では、上下合わせて』一日十六本(八往復)『だったという』と記された後、『この詩では、車窓から見た風景をメキシコに擬している』と述べておられる。とすれば、字下げの第二連は、そうした内戦(後注参照)のメキシコへの異邦的妄想気分を醸し出すための、トリック・スターの麻酔術めいた呪的文々(もんもん)なのかも知れない。

「トンネル」ギトン氏のこちらの本篇の解説によれば、『路線にトンネルは』ないから、二行目にある通り、『昼間なのに、運転士の気まぐれで車内の電灯が点いたの』だろうかと添えておられる。

「豆ばたけ」上記でギトン氏は『大豆畑』と注しておられる。

 

「萓」「萱(かや)」の異体字。茅(かや)。イネ科(単子葉植物綱イネ目イネ科 Poaceae)及びカヤツリグサ科(イネ目カヤツリグサ科 Cyperaceae)の草本の総称。細長い葉と茎を地上から立てる一部の有用草本植物のそれで、代表種にチガヤ(イネ科チガヤ属チガヤ Imperata cylindrica)・スゲ(カヤツリグサ科スゲ属 Carex)・ススキ(イネ科ススキ属ススキ Miscanthus sinensis)がある。

「ビクトルカランザ」ベヌスティアーノ・カランサ・ガルサ(Venustiano Carranza Garza 一八五九年~一九二〇年)は、メキシコ革命の指導者のうちの一人、メキシコ大統領。彼の大統領職中に現在のメキシコ憲法が起草された。大統領就任までは、参照したウィキの「ベヌスティアーノ・カランサ・ガルサ」を見られたい。カランサの大統領就任後、『メキシコ革命は収束に向か』い、一九一九年四月には革命家エミリアーノ・サパタが『カランサの刺客により暗殺』され、『労働者勢力はカランサへの対抗のため』、国軍の将軍にアルバロ・『オブレゴンに協力を求め、オブレゴンはこれを受け』、六『月に立憲自由党から次期大統領選への立候補を表明する。憲法は大統領の再選を禁止していたため、カランサは自分の後継としてイグナシオ・』ボニラス『を指名』した。『ボニラスはマサチューセッツ工科大学を卒業し』、『駐米大使を経験したインテリだったが』、『スペイン語が話せなかった。ルイス・モロネスの指導する労働者地域連合(CROM)を母体とした労働党、国民協同党、ユカタン社会党がオブレゴンを支持したが、翌年』一『月にカランサはオブレゴンを逮捕しようとし、オブレゴンはソノラ州に逃亡した』。三『月になると反ボニラス活動が激化し、鉄道労働組合はサボタージュによりボニラスの遊説列車を脱線させるなど妨害活動を行ったが』、『カランサはこれに対し』、『強圧策で対応、労働者を逮捕、殺害した。カランサは労働組合の争議鎮圧を口実にソノラ州に軍を派遣し、これに対し』、『ソノラ州知事アドルフォ・デ・ラ・ウエルタがソノラ独立共和国を宣言する。ソノラ州の立憲自由軍はカランサに対して宣戦布告、国内は再び内戦状態となり』、革命家パンチョ・ビリャや頭首を殺されたサパタ派の者も『立憲自由軍を支援した。立憲自由軍は』五『月にメキシコシティに侵攻、カランサはベラクルスで臨時政府の樹立を試み』、『特別列車に資産を積み込』んで『逃亡』したが、五月二十一日、『プエブラ州のトラスカラントンゴで同地の有力者ロドルフォ・エレーロ』『のだまし討ちに遭い、就寝中に暗殺された』とあり、内戦状態の部分では、偶然か、鉄道絡みの話が多い

「稗(ひえ)」単子葉植物綱イネ目イネ科キビ亜科キビ連ヒエ属ヒエ Echinochloa esculenta。この後の昭和に入ってからの米の増産に成功するまでは本邦では重要な主食穀物であったが、次の注の最後の引用部でギトン氏が述べられているように、程度の低い雑穀のイメージがここには既に漂っているようである。

「末輩」「まつぱい(まっぱい)」仲間の末に連なる者。地位・技量などの劣った者。残党。ギトンで、この第三連を、賢治が、あのひょろひょろっとした、「不思議の国のアリス」のトランプ兵を潰したみたような(失礼。これはギトン氏が仰っているのではなく、藪野の感じ)、走る花巻電気鉄道の中から見た景として捉え、『メキシコ人のような鍔の広い帽子をかぶった農夫が、草丈の高いススキの間を、馬に乗って行くのでしょう。麦わら帽子をメキシコ帽に見立てています。「ビクトルカランザの配下」は、“勝利者カランザの家来”という呼びかけで、カウボーイのような颯爽とした感じです』『しかし』最後の二行の方は、『対照的に貧弱な印象で』、『ヒエは、水田の雑草で、雑穀として栽培されることもありますが、ここでは、雑草だらけの水田の傍を、駄馬(荷物を載せた馬)を曳いて歩いているのでしょう』。『賢治は、当時のメキシコ情勢について、かなり理解していたと思われます。電車から見かけた農夫たちを、メキシコで農地改革を主張する「カランザの配下」たち、そして、カランサを支持する貧農や農業労働者に見立てて、皮肉まじりに「おい、きさま」と呼びかけているのです』。『しかし、ここで、電車に乗った作者が、優越感を感じていると思ったら』大間違いかも『しれません。というのは、作者が乗っている《花巻電気軌道》の電車ですが』、これはたった一『両編成で、いまにも倒れてしまいそうな細い車体ですから、スピードは出なかったはず』で、『とくに、花巻から温泉地へ向かって行くときは登り勾配なので、人が歩く速さより遅かったという話があります』(『その反対に、温泉地から下って来るときには、勢いにまかせて、ジェットコースターのように走ったらしい』とある)。『しかも、乗客が多いときには、屋根のないトロッコの荷台に人を乗せて、“スリム電車”が引いて走りましたから、いつ脱線して投げ出されるかも分からないくらい怖かったと言います』(ここでギトン氏は本書の後に出る大正一二(一九二三)年九月作の「昴」という詩の一節を引用、そこに「どうしてもこの貨物車の壁はあぶない」/「わたくしが壁といつしよにここらあたりで」/投げだされて死ぬことはあり得過ぎる」とある。渡辺宏氏のサイトのをまずはリンクさせておく。これは夜間にそのトロッコに乗せられて下る様子を描写したものとギトン氏は言う)。『そういう電車ですから』、「おい、きさま」』『などと呼ばわっているほうが、ろくなものに乗っていないことになります』。『おそらく、馬に乗った「ビクトルカランザ」の農夫は、作者の電車をどんどん追い越してゆくのでしょう』。或いはまた、『「貧弱カランザ」の農夫も、電車よりは速いかもしれません』し、『農夫たちには、徒歩より遅い電車は、役に立たない金持ちの道楽にしか見えないことでしょう』。『風を切って行く農夫たちの後ろから、安定の悪い木造電車に揺られてノロノロと進む作者は、自嘲ぎみに悪態をついているのです』と纏めておられる。またしてもギトン氏に解釈を助けて戴いた。謝意を表する。]

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