宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 霧とマツチ
霧 と マ ツ チ
(まちはずれのひのきと靑いポプラ)
霧のなかからにはかにあかく燃えたのは
しゆつと擦られたマツチだけれども
ずゐぶん擴大されてゐる
スヰヂツシ安全マツチだけれども
よほど酸素が多いのだ
(明方の霧のなかの電燈は
まめいろで匂もいゝし
小學校長をたかぶつて散步することは
まことにつつましく見える)
[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年六月四日の作。本書以前の発表誌等は存在しない。「手入れ本」では一篇全部を削除する意思が認められる。ロケーションは曙の頃であろう。
「スヰヂツシ安全マツチ」「スヰヂツシ」はスウェーデンのこと。英語の形容詞「Swedish」の音写(「スゥイディシュ」が近い。因みにスウェーデン語でスウェーデン王国は「Konungariket Sverige」で、「Sverige」をカタカナ音写すると「スヴェリエ」である)で、「スウェーデン式安全燐寸(マッチ)」のこと。サイト『バーチャルミュージアム「マッチの世界」』のこちらの、スウェーデンのスモーランド地方最大の町イェンシェピング(Jönköping)にある世界で唯一の「マッチ博物館」の解説中に、一八二七年、『イギリスのジョン・ウォーカーによって塩素酸カリウムと硫化アンチモンを頭薬とする摩擦マッチが発明され』、一八四四年には『スウェーデンのジョワンとカール・ルンドスレーム兄弟もイェンシェピングにマッチ工場を設立、黄燐マッチの製造を開始しました』。『しかし、マッチ産業の初期に広まった黄燐マッチは、こすれば火がつく便利さの反面、ちょっとした摩擦や低温度でも自然発火してしまうことで火災事故をまねいたり、黄燐の持つ毒性がマッチ製造労働者にとっては』『燐中毒壊疽(えそ)という職業病に冒されてしまうことが大きな社会問題となりました』。『そこで』一八五五年(嘉永七・安政元・安政二年相当。明治維新の十三年前)に、『ジョワン・ルンドストレームは新たに発見された赤燐を基にして発火剤と燃焼剤を分離させたマッチ、つまり』、『今』、『わたしたちが使っているマッチと同じ』、『マッチの軸と箱の側面とに薬品を分けたスウェーデン式安全マッチを発明しました。これにより』、『分離発火型の安全マッチは特許も取り、世界を席巻する基盤を作り上げていきました』とある。
「よほど酸素が多いのだ」この一行に賢治マジックが燐光して、一篇の詩の蝶番となっている。
「まめいろ」農作物の商取引では「色豆(いろまめ)」という語があり、これは色の着いた豆類、小豆・大正金時・紅金時・赤豌豆(えんどう)・うずら豆等を指すから、ここは所謂「小豆色」、紫がかった赤褐色のことであろう。
「小學校長をたかぶつて散步することは」/「まことにつつましく見える」はやや意味がとり難いが、あたかも小学校の校長が児童に対して殊更に胸を張るかのように、悠然と総長の散歩をしている視界に入った人物(先のマッチを擦って煙草でも吸った人物と同じでもよいが、ここは別人の方が、個々の人間のキャラクターへの穿鑿をせずに済むので、よいように思われる)の動きを、泰然自若とした動きの感じを感覚的に捉え、それがまた朝の自然の大気に如何にも相応しく「まことにつつましく見える」とマッチングさせているのであろう。]
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