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2018/11/07

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 春と修羅

 

         

       ( mental sketch modified )

 

心象のはいいろはがねから

あけびのつるはくもにからまり

のばらのやぶや腐植の濕地

いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模樣

(正午の管樂(くわんがく)よりもしげく

 琥珀のかけらがそそぐとき)

いかりのにがさまた靑さ

四月の氣層のひかりの底を

唾(つばき)し はぎしりゆききする

おれはひとりの修羅なのだ

(風景はなみだにゆすれ)

碎ける雲の眼路(めぢ)をかぎり

 れいらうの天の海には

  聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ

   ZYPRESSEN 春のいちれつ

    くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ

     その暗い脚並からは

      天山の雪の稜さへさへひかるのに

      (かげらふの波と白い偏光)

      まことのことばはうしなはれ

     雲はちぎれてそらをとぶ

    ああかがやきの四月の底を

   はぎしり燃えてゆききする

  おれはひとりの修羅なのだ

  (玉髓の雲がながれて

   どこで啼くその春の鳥)

  日輪靑くかげろへば

   修羅は樹林に交響し

    陷りくらむ天の椀から

    黑い木の群落が延び

      その枝はかなしくしげり

     すべて二重の風景を

    喪神の森の梢から

   ひらめいてとびたつからす

   (氣層いよいよすみわたり

    ひのきもしんと天に立つころ)

草地の黃金をすぎてくるもの

ことなくひとのかたちのもの

けらをまとひおれを見るその農夫

ほんたうにおれが見えるのか

まばゆい氣圈の海のそこに

(かなしみは靑々ふかく)

ZYPRESSEN しづかにゆすれ

鳥はまた靑ぞらを截る

(まことのことばはここになく

 修羅のなみだはつちにふる)

 

あたらしくそらに息つけば

ほの白く肺はちぢまり

(このからだそらのみぢんにちらばれ)

いてふのこずえまたひかり

ZYPRESSEN いよいよ黑く

雲の火ばなは降りそそぐ

 

[やぶちゃん注:字下げ総てママ(実は原稿(後掲)の指定通りになっていない箇所が別な校正指示含め、存在する)。

「のばらのやぶや腐植の濕地」は底本では「のばらのやぶや腐植の溫地」であるが、「正誤表」に従い、特異的に訂した

「天山の雪の稜さへさへひかるのに」の「さへ」の一つは衍字であるこが、以下の原稿から判明する。

 大正一一(一九二二)年四月八日の作品。なお、本書後尾の「目次」の創作クレジットを示す表示は、他の詩篇のそれの丸括弧でなく、二重丸括弧のそれで『⦅一九二二、四、八⦆』(実際には漢字と読点は半角)となっている。これは本書用「目次」原稿の残存部によって、特に賢治がそうしていることが判るのであるが、これが何を意味しているのかは、よく判らないが、賢治にとってその日付がある特別な意味を持つ日付であることは、かのトシを送った「永訣の朝」「松の針」「無聲慟哭」の三篇が同じく『⦅一九二二、一一、二七⦆』となっていることからも推測できる。その意味はまた、最後の目次を電子化する際に考えたいと思っている。本書用校正指示の入った全原稿(三枚)が現存する(これ以前の発表誌等は存在しない)。但し、後掲する通り、「黑い木の群落が延び」の一行他の不審から、決定稿ではないか、或いは、見本刷の校正段階で例外的に見直して変更した箇所があるように思われる。以下に示す。校正指示その他(書き換え)は底本とした全集の校異のそれを参考にオリジナルに附した。〔 〕及び「→」は書き換えの過程を示す。【ナシ】はもともとその行或いは文字・記号が無かったことを指す(前者は行挿入かと思われる)。

   *

 

         

      (mental sketch modified

 

心象のはいいろはがねから

あけびのつるはくもにからまり

のばらのやぶや腐植の濕地

いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模樣

(正午の管樂(くわんがく)よりもしげく

 琥珀のかけらがそそぐとき)

いかりのにがさまた靑さ

四月の氣層のひかりの底を

唾(つばき)し はぎしりゆききする

おれはひとりの修羅なのだ

(風景はなみだにゆすれ)

碎ける雲の眼路(めぢ)をかぎり

れいらうの天の海には[やぶちゃん注:上部余白に橙色のクレヨンで「1下」の指示。以下、同一の字下げは、その指示のみを【 】で附す。]

聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ【2下】

Zypressen〔の→は→、〕春〔は→の〕いちれつ【3下】[やぶちゃん注:完成本では欧文は総て大文字で、読点も生かされていない。]

くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ【4下】

その暗い脚並からは【5下】

天山の雪の稜さへひかるのに【6下】

(〔かげらふと波と白い偏光→なみだちゆらぎつかげらふと白い偏光→かげらふの波と白い偏光〕)【7下】[やぶちゃん注:完成本では六字下げ。]

まことのことばはうしなはれ【7下】

雲はちぎれてそらをとぶ【5下】

ああかがやきの四月の底を【4下】

はぎしり燃えてゆききする【3下】

おれはひとりの修羅なのだ【2下】

(玉髓の雲がながれて【3下】[やぶちゃん注:完成本では二字下げ。但し、今までの版組から見ても、次の三字下げ指示との絡みで(この指示では次の行が一字上に出っ張ってしまう)、ここは完成品の二字下げが、結果として正しい。後の私の復元を見れば、一目瞭然。]

 どこで啼くその春の鳥)【3下】

日輪靑くかげろへば【2下】

修羅は樹林に交響し【4下】

陷りくらむ天の椀から【5下】

〔(喪神はしづみまた燃え)→(穹窿は燃え)→(その喪神の穹窿は燃え)〕[やぶちゃん注:最後に一行を全抹消。]

〔燐光→雲の〕魯木の群落〔は→が〕延び【6下】[やぶちゃん注:これだと、決定稿は「雲の魯木の群落が延び」となるが、完成本では「黑い木の群落が延び」となっている。

その枝はかなしくしげり【7下】

〔風景もうちつらぬかれ→すべて二重の風景を〕【6下】

〔【ナシ】→喪神の森の梢〔を→から〕〕【5下】

ひらめいてとびたつからす【4下】

〔【ナシ】→(〕氣層いよいよすみわたり【5下】[やぶちゃん注:完成品では四字下げ。全集校異ではこれを指摘していない。但し、前の「(玉髓の雲がながれて」のケースと全く同じで次の行との絡みで、ここは完成品の四字下げが、結果として正しい。後の私の復元を見れば、一目瞭然。]

ひのきもしんと天に立つころ)【5下】

草地の黃金をすぎてくるもの

ことなくひとのかたちのもの

けらをまとひおれを見るその農夫

ほんたうにおれが見えるのか

まばゆい氣圈の海のそこに

(かなしみは靑々ふかく)

ツィプZypressen しづかにゆすれ[やぶちゃん注:完成本では欧文は総て大文字。]

鳥はまた靑ぞらを截る

(まことのことば〔【ナシ】→は〕ここになく

 修羅のなみだはつちにふる)

[やぶちゃん注:ここに元は行空けはなく、欄外に『一行あけ→』という校正指示が入る。]

あたらしくそらに息つけば

ほの白く肺はちぢまり

(このからだそらのみぢんにちらばれ)

いてふのこずえまたひかり

Zypressen いよいよ黑く[やぶちゃん注:完成本では欧文は総て大文字。]

雲の火ばなは降りそそぐ

 

   *

この原稿の指示に忠実に従った場合を復元してみる。不審な箇所の行末に《★》を附した。

   *

 

         

      (mental sketch modified

 

心象のはいいろはがねから

あけびのつるはくもにからまり

のばらのやぶや腐植の濕地

いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模樣

(正午の管樂(くわんがく)よりもしげく

 琥珀のかけらがそそぐとき)

いかりのにがさまた靑さ

四月の氣層のひかりの底を

唾(つばき)し はぎしりゆききする

おれはひとりの修羅なのだ

(風景はなみだにゆすれ)

碎ける雲の眼路(めぢ)をかぎり

 れいらうの天の海には

  聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ

   Zypressen、春のいちれつ《★》

    くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ

     その暗い脚並からは

      天山の雪の稜さへひかるのに

       (かげらふの波と白い偏光)

      まことのことばはうしなはれ

     雲はちぎれてそらをとぶ

    ああかがやきの四月の底を

   はぎしり燃えてゆききする

  おれはひとりの修羅なのだ

   (玉髓の雲がながれて

   どこで啼くその春の鳥)《★》

  日輪靑くかげろへば

    修羅は樹林に交響し

     陷りくらむ天の椀から

      雲の魯木の群落が延び《★》

       その枝はかなしくしげり

      すべて二重の風景を

     喪神の森の梢から

    ひらめいてとびたつからす

     (氣層いよいよすみわたり

     ひのきもしんと天に立つころ)《★》

草地の黃金をすぎてくるもの

ことなくひとのかたちのもの

けらをまとひおれを見るその農夫

ほんたうにおれが見えるのか

まばゆい氣圈の海のそこに

(かなしみは靑々ふかく)

Zypressen しづかにゆすれ《★》

鳥はまた靑ぞらを截る

(まことのことばはここになく

 修羅のなみだはつちにふる)

 

あたらしくそらに息つけば

ほの白く肺はちぢまり

(このからだそらのみぢんにちらばれ)

いてふのこずえまたひかり

Zypressen いよいよ黑く《★》

雲の火ばなは降りそそぐ

 

   *

「春と修羅」いろいろな見解が識者によって出されているが、私はごく自然に、「修羅」を四季のどれに当てるかと聴かれれば、迷うことなく、「春」に当てる感性に生きているから、くだくだしく解析する理由がない。「春は修羅である。」とは、私にはごく当たり前の真命題である。

mental sketch modified概ね「修飾された心象スケッチ」と訳されているようだが、しかしどうも、この「修飾された」というのは判ったようで判らない表現ではないか? そもそもが「修飾」という語は我々には辛気臭い強制学習させられた文法用語に「修飾」のイメージが強過ぎて、ピンとこないし、何となく敬遠したくなるのだ(少なくとも私はそうだ)。例えば私は「修飾」を中身がないのに外見を飾る虚飾というニュアンスを以って意地悪く使用することが殆んどで、「修飾が上手い」と言って褒めたことも人生の中で一度だってない(「修飾の仕方がおかしい」という言い方は論文指導で盛んに使いはした)。寧ろ、「飾り直された心象スケッチ」の方が、まだしっくりくる。或いは、「正確に」或いは「美的に」或いは「真に詩的に」「修正を施した心象スケッチ」の方が私には腑に落ちる。「心象のはいいろはがね」が錬金され、怒りと憎しみによる闘争心に明け暮れ、目くるめく火炎と血と肉に彩られた、素敵に慄っとする「修羅」の熱の悪夢に魘された景観(ランドマーク)へと世界が変じてゆく……と、ここまでそう書いてきて、今、さらにネットを調べて見たところが、濱田節子氏の『宮沢賢治「春と修羅」解析』を見つけた。私はその冒頭にある、『詩は一見自由奔放なスケッチに見えるが、熟慮された構想のうえにその手段としての心理的トリックを駆使した世界観の呈示である。「二重の風景」は、風景を Landscape で考えるのでなく、a view, a sight, つまり、考え方・見識と解釈すべきだと思う』。すなわち、『「二重の考え方」である。これは単純に伏線と考えるべきものでなく、時間・空間にたいする認識、「死」という不可逆な方向性とその連鎖の相互関係のなかで未来を模索する実験なのである』。『"mental sketch modified"というのは「考え方の草案をつくるのに修正(変更)されたもの」という意味だと思う』とあるのに最も従える気がしたことを言い添えておく。

「諂曲(てんごく)」自分の気持ちを枉(ま)げて人に媚び諂(へつら)うこと。私は如何なる信仰をも持たないが、たまたまこの語の検索に「創価学会」の「修羅界」の解説ページがヒットした。強力な日蓮宗信徒であった賢治のために開いて見てみると、『修羅とは、もともとは阿修羅といい、争いを好む古代インドの神の名です』。『自分と他者を比較し、常に他者に勝ろうとする「勝他の念」を強くもっているのが修羅界の特徴です』。『他人と自分を比べて、自分が優れて他人が劣っていると思う場合は、慢心を起こして他を軽んじます。そして、他者の方が優れていると思う場合でも、他者を尊敬する心を起こすことができません。また、本当に自分よりも強いものと出会ったときには、卑屈になって諂うものです』。『自分をいかにも優れたものに見せようと虚像をつくるために、表面上は人格者や善人をよそおい、謙虚なそぶりすら見せることもありますが、内面では自分より優れたものに対する妬みと悔しさに満ちています。このように内面と外面が異なり、心に裏表があるのも修羅界の特徴です』。『ゆえに、大聖人は「諂曲なるは修羅」と説かれています。「諂曲」とは自身の本音を隠して相手に迎合していくことです。「諂」は「へつらう、あざむく」という意味で、「曲」は「道理を曲げて従う」ということです』。『修羅界は、貪瞋癡』(とん/じん/ち)『の三毒(貪り、瞋り、癡かという三つの根本的な煩悩)にふりまわされる地獄・餓鬼・畜生の三悪道と異なり、自分の意思で行動を決めている分だけ、三悪道を超えているといえます』。『しかし、根本は苦しみを伴う不幸な境涯なので、三悪道に修羅界を加えて「四悪趣」ともいいます』とのたもうてあった。「諂曲なるは修羅」というのは「観心本尊抄(かんじんのほんぞんしょう)」(正しくは「如来滅後五五百歳始観心本尊抄(にょらいめつごごのごひゃくさいにはじむかんじんのほんぞんしょう)」の略。文永一〇(一二七三)年四月に佐渡流罪中であった日蓮(当時五十二歳)が記し、下総国葛飾郡八幡荘若宮(現在の千葉県市川市若宮)の武士富木常忍(ときじょうにん)に与えた書)の中の一節に出る。「創価教学研究室(Tommyのブログ)」のこちらが、当該箇所の原文(但し、新字)と現代語訳が電子化されてあり、判り易い。

「おれはひとりの修羅なのだ」真の飽くなき闘争・修羅とは己(おのれ)自身との孤独な戦いをこそ、その究極のものとする。

「ゆすれ」「搖れ」。揺れ動き。揺らぎ。

「眼路(めぢ)」目で見える限りの総ての範囲。

「れいらう」「玲瓏」。(玉(ぎょく)などが透き通るように)美しく輝いていること。

ZYPRESSEN 春のいちれつ」まず原稿の読点は不要であろう。発音は「ツュプレッセン」で、ドイツ語で糸杉類(球果植物門マツ綱マツ目ヒノキ科ヒノキ亜科イトスギ属 Cupressus)を指す。英語の「Cypress」(サイプレス)のことである。ギトン氏のサイト内の「【ユーラシア】ルバイヤートと宮沢賢治(5)」が賢治の詩を丁寧に拾って、賢治が心象内に描いた「イトスギ」(サイプレス)は後に出る「ひのき」(檜:ヒノキ科ヒノキ属ヒノキ Chamaecyparis obtusa)の変容であるという検証が画像をふんだんに用いて分かり易く語られてある。私の偏愛する「ルバイヤート」やゴッホやアルノルト・ベックリンの「死の島」と絡めて語られあるのもまっこと嬉しい(なお、老婆心乍ら、同性愛が苦手な方はギトン氏のホーム・ページは決して開かない方がよろしいと存ずる)。

「くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ」「光素(エーテル)」(ether)は古代ギリシア時代から二十世紀初頭までの間、ずっと想定され続けてきた、全世界を満たすただ一種の元素或いは物質の仮名。古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、地・水・火・風に加えて「エーテル」を第五の元素とし、天体の構成要素とした。近代では全宇宙を満たす希薄な物質とされ、ニュートン力学ではエーテルに対し、静止する絶対空間の存在が前提とされた。また、光や電磁波の媒質とも考えられたが、十九世紀末のマイケルソン=モーリーの実験で、エーテルに対する地球の運動は見出されず、この結果から、「ローレンツ収縮」の仮説を経て、一九〇五年、アインシュタインが「特殊相対性理論」を提唱するに至って、エーテルの存在は否定された(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。なお、「手入れ本」の所在不明の方の藤原嘉藤治所蔵本では、

 くろぐろと光素(エーテル)を吸へば

とする。

「天山」仮想された天空高く聳える山と採っておく。

「玉髓」「ぎよくずい(ぎょくずい)」は元は鉱物 chalcedony(カルセドニー)、石英(二酸化ケイ素(SiO2)の結晶)の非常に細かな結晶が網目状に集まって緻密に固まった鉱物の変種。美しいものは宝石として扱われる。脂肪光沢であったり、透明・半透明、白・灰・淡青・褐色等を呈する。ここはそれを雲の色として形容した(モディファイした)もの。

「陷りくらむ」「陷り」は「おちいり」、「くらむ」は「眩む」であろう。「天の椀」とは蒼穹の比喩であろう。その虚空の下に永く続く闘争の修羅場は空ろな墓穴のように突き抜けて存在し、その天界との絶望的な隔たりは眩むばかりなのである。

「黑い木の群落が延び」「手入れ本」所在不明の方の藤原嘉藤治所蔵本では、

 黑い魯木の群落が延び

と「魯」を補っている「魯木」は不詳だが、或いは、石炭紀に栄え、ペルム紀後期に絶滅したシダ植物門トクサ綱トクサ目ロボク科ロボク属†Calamites(カラミテス)類のことではないかと私は考えている。石炭とともに見出される化石としてのみ知られる木本様植物類で、現生のトクサ類(シダ植物門トクサ綱 Equisetopsida)に近縁で、高さ約八十センチメートルほどの木である(現行のトクサは草であって木本ではない)。参照したウィキの「ロボクによれば、リンボク(ヒカゲノカズラ植物門ミズニラ綱リンボク目リンボク科リンボク属†Lepidodendron)『などとともに沼沢地に群生していたと考えられる。現生の蘆(アシ)のような形をしていたため』、『蘆木(ロボク)と呼ばれている』。『幹にはタケのような「節」があり、そこに茎と細長い葉(』二十五『本ほど)が輪生し、茎の先端の胞子穂に胞子を作って繁殖した。幹には二次木部を形成した(二次篩部はなかった)が、幹や茎は現生トクサ類と同じく』、『中空であった。幹が折れたり』、『破れたりすると』、『樹脂で埋められることがあり、これは化石にもよく見られる。また地下茎を横に伸ばし、これによって無性生殖することもできた(この時代の樹木としては唯一の例)』。彼らが絶滅した同じころ、『現生のトクサ科に含まれる種が発生した』とある。漢字表記は違うが、賢治好みの空想の茂りに相応しいからである。

「喪神の森」科学者であった賢治は、同時に、古えの民俗社会を希求するシャーマンでもあった。しかし、彼の佇む森には、もはや、神は姿を消していた。消沈した独り内的な修羅に生きねばならぬ賢治は、遂に自己の心の内に沢山の精霊たちを呼び込み、「イーハトーヴの森」を創成するに至るのであった。

「ことなくひとのかたちのもの」紛れもなく、ごく普通の、人の姿をしたもの。

「けらをまとひおれを見るその農夫」「けら」は「ケラ蓑」(螻蛄蓑)。既出既注。なお、所在不明の方の藤原嘉藤治所蔵本では、

 けらをまとひいまおれを見るその農夫

とする。

「ほんたうにおれが見えるのか」実在の農夫に、この私の修羅と自然とが交響する非実在の世界に生きているはずの、この今の悲愴な私の姿が見えるのか!? 見えてしまっているのか?! と反問・驚愕しているのである。

「截る」「きる」。]

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