宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 丘の眩惑
丘 の 眩 惑
ひとかけらづつきれいにひかりながら
そらから雪はしづんでくる
電(でん)しんばしらの影の藍靛(インデイゴ)や
ぎらぎらの丘の照りかへし
あそこの農夫の合羽(かつぱ)のはじが
どこかの風に鋭く截りとられて來たことは
一千八百十年代(だい)の
佐野喜の木版に相當する
野はらのはてはシベリヤの天末(まつ)
土耳古玉製(ぎよくせい)玲瓏(れいらう)のつぎ目も光り
(お日さまは
そらの遠くで白い火を
どしどしお焚きなさいます)
笹の雪が
燃え落ちる、燃え落ちる
[やぶちゃん注:「まつ」は「末」一次へのルビである。最終行の読点は下部に全く空きがなく「燃え落ちる、燃え落ちる」となっているが、これは組版のせいと断じ(賢治は一行の詩句中に読点を滅多に打たないこと、その他の部分でこうした仕儀を宮澤賢治は行っていないことから)、無視した。因みに、驚いたことに、ここの部分、全集で採り挙げていないばかりか、校訂本文では、
燃え落ちる 燃え落ちる
と何の断わりも注記もなしに、字空けを施したものを掲げてある。言っておくが、今まで示した「手入れ本」にもこの部分の修正は、ない、のである。これは一体、どうしたことか?! ネット上を見ても、本詩篇はこの字空けのものが氾濫している。これは正直、ゆゆしきことであると私は思う。
なお、本底本では「目次」が「奥附」の前、本文の最後に廻っているのであるが、そこでは、標題が「丘の眩惑」ではなく、「丘の幻惑」となっている。但し、これは目次の誤植と採っておき、問題にしないこととする。
現存稿はなく、これ以前の発表誌等も存在しない。大正一一(一九二二)年一月十三日の創作とする。
「藍靛(インデイゴ)」(英語「Indigo」)は鮮やかな藍色(青藍色)の色名。「靛」(音「テン・デン」)は植物の「藍」(被子植物門双子葉植物綱タデ目タデ科イヌタデ属アイ Persicaria tinctoria)及びそれによる「藍染め」の意で重語である。
「あそこの農夫の合羽(かつぱ)のはじが」宮澤家版「手入れ本」では、
その旅人の合羽(かつぱ)のはじが
とする。
「どこかの風に鋭く截りとられて來たことは」同前では、
どこかの風に鋭く截られて來たことは
とする。
「一千八百十年代(だい)の/佐野喜の木版に相當する」「一千八百十年代」は文化七(一八一〇)年から文政二(一八〇九)年まで。以下の「佐野喜の木版」というのは、江戸後期(文政から天保(一八一八年~一八四四年)頃)の草双紙・人情本・版画などの版元として知られた佐野屋喜兵衛(生没年未詳)が仕切った地本(じほん)問屋(寛文期(一六六一年~一六七三年)から江戸で始まった地本を製作販売した問屋。地本とは江戸で出版された大衆本の総称で洒落本・草双紙(赤本・黒本・青本・黄表紙・合巻(ごうかん))・読本・滑稽本・人情本・咄本・狂歌本などが含まれる)。江戸芝に住み、屋号は「喜鶴(きかく)堂」で「佐野喜(さのき)」と称した(以上は諸辞書等に拠る)。ウィキの「佐野屋喜兵衛」によれば、喜鶴堂、佐野喜と号す。『姓は奥村』で、書肆としては、『享保』(一七一六年~一七三六年。但し、一説では宝暦(一七五一年~一七六四年)とも)『から慶応年間』(一八六五年~一八六八年)『に日本橋平松町、芝神明前三島町長兵衛店で営業してい』た。『歌川広重、歌川国芳、渓斎英泉らの錦絵などを出版している』とあり、以下に、歌川広重「江戸名所」・歌川広重「不二三十六景」・歌川広重「東都名所」(横大判・錦絵揃物・天保)・歌川広重『江戸近郊八景之内』(横大判・錦絵揃物・天保八年)・歌川国芳「駒形の朝霧」・渓斎英泉「浮世美人十二ヶ月」・渓斎英泉「今様美人競」(大判・錦絵揃物・文政中期)・二代目歌川広重 「新吉原仲の町」を掲げている。宮澤賢治は浮世絵が好きで、あぶな絵や春画の類なども所持していたようである(当時、彼から密かにそれを見せられたことがあるという当時の彼の生徒の話を聞いたことがある)。そうした総合芸術としての本邦の浮世絵の木版画の芸術的価値と、今、現に見ている、無名の農夫の合羽の端が風雨で削られ擦り切れているその経年の辛苦の事実と、その形象が、全く以って等価である、と賢治は讃嘆しているのである(なお、本叙述の具体的な絵を特定して考察した記事なども見つけなかなか面白く読んだが、そこに記されている書誌データ等にかなり不審があるので、リンクや言及はやめる)。なお、同じく宮澤家版「手入れ本」では、
佐野喜の版に至當する
とし、菊池曉輝氏所蔵本は、
佐野喜の版に相當する
としている。
「天末」地平線。
「土耳古玉製(ぎよくせい)玲瓏(れいらう)のつぎ目も光り」「土耳古」は「トルコ」と読み、「玲瓏」は「玉(ぎょく)などが透き通るように美しいさま・輝くさま」を指すが、どうもこの箇所は読みが難しいと思う。ここは私は、読みを分離して丸括弧で示した如く、「玉製玲瓏(ぎよくせいれいらう)」の四字熟語ではなく、前行の「野はらのはては」/「シベリヤの天末(まつ)」とやや対構造になって、「土耳古(トルコ)玉製(ぎよくせい)/玲瓏(れいらう)のつぎ目も光り」と読むのではないか? と考える(実際に朗読してみれば、その方がリズムも至って自然で難がない)。そもそもが「玉製玲瓏」では熟語として普通は成立せず、かといって「土耳古玉製玲瓏」などというながながしい非詩的な塊りは私には考えられない。意味の上からも、「土耳古玉製」は賢治がそれを表わす語を詩語として非常に愛した、トルコ石=turquoise(ターコイズ:青色から緑色の色を呈する不透明な鉱物。水酸化銅アルミニウム燐酸塩で化学式
CuAl6(PO4)4(OH)8·4H2O)であり、それ故にブレイクが入って、その「玲瓏の」と続くのだと考える。そんなことは判り切った話だ、という御仁は、あなたの所有している電子データの読みの附け方をよく確認して見るとよい。恐らく、殆どは「玉製玲瓏(ぎよくせいれいろう)」で「玉製(ぎよくせい)玲瓏(れいらう)」とはなっていないから。下手な朗読は聴きたくもなかったが、一つ我慢して試してみたが、いやいや、残念なことに一気に長虫のようにニョロリと「とるこぎょくせいれいろう」読んでいた。大方の御叱正を俟つものではある。]
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