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2018/11/12

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)

 

Annerida1

Annerida2

Annerida3

 

     蠕 蟲(アン ネリダ) 舞 手(タン  エーリン)

 

 (えゝ、水ゾルですよ

  おぼろな寒天(アガア)の液ですよ)

日は黃金(きん)の薔薇

赤いちいさな蠕蟲(ぜんちゆう)が

水とひかりをからだにまとひ

ひとりでをどりをやつてゐる

 (えゝ、8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

羽むしの死骸

いちゐのかれ葉

眞珠の泡に

ちぎれたこけの花軸など

 (ナチラナトラのひいさまは

  いまみづ底のみかげのうへに

  黃いろなかげとおふたりで

  せつかくおどつてゐられます

  いゝえ、けれども、すぐでせう

  まもなく浮いておいででせう)

赤い蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)は

とがつた二つの耳をもち

燐光珊瑚の環節に

正しく飾る眞珠のぼたん

くるりくるりと廻つてゐます

 (えゝ8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

   ことにもアラベスクの飾り文字)

脊中きらきら燦(かがや)いて

ちからいつぱいまはりはするが

眞珠もじつはまがひもの

ガラスどころか空氣だま

 (いゝえ、それでも

  エイト ガムマア イー スイツクス アルフア

  ことにもアラベスクの飾り文字)

水晶体や鞏膜(きやうまく)の

オペラグラスにのぞかれて

おどつてゐるといはれても

眞珠の泡を苦にするのなら

おまへもさつぱりらくぢやない

   それに日が雲に入つたし

   わたしは石に座つてしびれが切れたし

   水底の黑い木片は毛蟲か海鼠(なまこ)のやうだしさ

   それに第一おまへのかたちは見えないし

   ほんとに溶けてしまつたのやら

それともみんなはじめから

おぼろに靑い夢だやら

 (いゝえ、あすこにおいでです おいでです

  ひいさま いらつしやます

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

ふん、水はおぼろで

ひかりは惑ひ

蟲は エイト ガムマア イー スイツクス アルフア

   ことにもアラベスクの飾り文字かい

   ハツハツハ

 (はい またくそれにちがひません

   エイト ガムマア イー スイツクス アルフア

   ことにもアラベスクの飾り文字)

 

[やぶちゃん注:私が仮に使用した「8」・「γ」・「e」・「6」・「α」に相当する文字は非常に特殊なもので、現行の如何なるフォントとも異なるため、冒頭に底本の全詩篇を画像で示しておいたネット上では、信頼のおける優れた宮澤賢治サイトでも、どこも異様にでっぷりした「8」「6」の数字が無惨にも使用されてあり、これは見ただけで気分が悪くなって食指が動かなくなる)。本文では比較的近いかとも思われるフォント「Monotype Corsiva」(モノタイプ・コルシバ)を「γ」(これはTimes New Roman)使用し、それらをまた、斜体にしたり、太字にしたりして使用して底本のそれに近づけてはみた。ブラウザの不具合を考えて標題のルビを小さくした。なお、本文中の「体」はママである。

・最終行から十行前の「ひいさま いらつしやます」はママ。原稿は「いらつしやいます」となっているので誤植であるが、「手入れ本」にもない。全集校訂本文は特異的に原稿に従って補正している。

・最終行から七行前の「ふん、水はおぼろで」の「おぼろ」は底本では「おぼろ」であるが、「正誤表」に載るので訂した。

・最終行から二行目の「(はい またくそれにちがひません」の「またく」は原稿では「まつたく」で誤植

 大正一一(一九二二)年五月二十日の作。現存稿は底本原稿のみで、これ以前の発表誌等も存在しない。

 読んでいて違和感を感じた方も多いと思うが、一部の字下げに致命的な植字ミスがあり、「手入れ本」」でも修正されてあるので、以下に原稿を示す。推敲過程も示した。「■」は全集編者の判読不能字。

   *

 

     蠕蟲(アン →ネ〕リダ)舞手(タン  エーリン)

 

 (えゝ、水ゾルですよ

  おぼろな寒天(アガー)の液ですよ)[やぶちゃん注:「アガー」はママ。]

日は黃金(きん)の薔薇

赤いちいさな〔→ぜ〔→ん〕〕蟲(ちゆう)が[やぶちゃん注:これだと、本文は「ぜん蟲(ちゆう)」となるはずが、実際には「蠕蟲(ちゆう)」である。]

水とひかりをからだにまとひ

ひとりでをどりをやつてゐる

 (えゝ、8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

羽むしの死骸

いちゐのかれ葉

眞珠の泡に

ちぎれた苔の花軸など[やぶちゃん注:「苔」は底本では「こけ」。]

 (ナ〔ティテゥ→チュ〕ラナトラのひいさまは[やぶちゃん注:これだと「ナチユラトラ」(全集は促音表記を実施)となるはずだが、実際は「ナチラナトラ」である。「手入れ本」修正もない。]

  いまみづ底のみかげのうへに

  黃いろなかげとおふたりで

  せつかくおどつてゐられます

  いゝえ、けれども、すぐでせう

  まもなく浮いておいででせう)

赤い蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)は

とがつた二つの耳をもち

燐光珊瑚の環節に

正しく飾る眞珠のぼたん

くるりくるりと廻つてゐます

 (えゝ 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)[やぶちゃん注:底本では、「えゝ」の後の一字空けはない。]

  ことにもアラベスクの飾り文字)

脊中きらきら燦(かがや)いて

ちからいつぱいまはりはするが

眞珠もじつはまがひもの

ガラスどころか空氣だま

 (いゝえ、それでも

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)[やぶちゃん注:底本はカタカナの読みを本文として並べるだけで、文字はない。しかし、「手入れ本」に修正はない。]

  〔→こ〕とにもアラベスクの飾り文字)

水晶体や鞏膜(きやうまく)の

オペラグラスにのぞかれて

おどつてゐるといはれても

眞珠の泡を苦にするのなら

おまへもさつぱりらくぢやない

   それに日が雲に入つたし

   〔→わたし〕は石に座つてしびれが切れたし

   水底の黑い木片は毛蟲か海鼠(なまこ)のやうだしさ

   それに第一おまへのかたちは見えないし

   ほんとに溶けてしまつたのやら

   それともみんなはじめから[やぶちゃん注:底本の致命的誤植(字下げなし)。]

   おぼろに靑い夢だやら[やぶちゃん注:底本の致命的誤植(字下げなし)。]

 (いゝえ、あすこにおいでです おいでです

  ひいさま いらつしやいます

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

ふん、水はおぼろで

ひかりは惑ひ

蟲は 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) γα〕(アルフア)[やぶちゃん注:底本はカタカナの読みを本文同ポイントとして並べるだけで、文字はない。しかし、「手入れ本」に修正はない。]

   ことにもアラベスクの飾り文字かい

   ハツハツハ

 (はい まつたくそれにちがひません

  〔88〕(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 66(スイツクス) α(アルフア)[やぶちゃん注:行を二字下げから三字下げに変更指示。底本はカタカナの読みを本文同ポイントとして並べるだけで、文字はない。しかし、「手入れ本」に修正はない。]

  ことにもアラベスクの飾り文字)[やぶちゃん注:行を二字下げを三字下げに変更指示。]

 

   *

ごちゃついたので、原稿通りに行った場合を、以下に再現してみる。

   *

 

   *

 

     蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)

 

 (えゝ、水ゾルですよ

  おぼろな寒天(アガー)の液ですよ)

日は黃金(きん)の薔薇

赤いちいさなぜん蟲(ちゆう)が水とひかりをからだにまとひ

ひとりでをどりをやつてゐる

 (えゝ、8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

羽むしの死骸

いちゐのかれ葉

眞珠の泡に

ちぎれた苔の花軸など

 (ナチユラナトラのひいさまは

  いまみづ底のみかげのうへに

  黃いろなかげとおふたりで

  せつかくおどつてゐられます

  いゝえ、けれども、すぐでせう

  まもなく浮いておいででせう)

赤い蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)は

とがつた二つの耳をもち

燐光珊瑚の環節に

正しく飾る眞珠のぼたん

くるりくるりと廻つてゐます

 (えゝ 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

脊中きらきら燦(かがや)いて

ちからいつぱいまはりはするが

眞珠もじつはまがひもの

ガラスどころか空氣だま

 (いゝえ、それでも

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

水晶体や鞏膜(きやうまく)の

オペラグラスにのぞかれて

おどつてゐるといはれても

眞珠の泡を苦にするのなら

おまへもさつぱりらくぢやない

   それに日が雲に入つたし

   わたしは石に座つてしびれが切れたし

   水底の黑い木片は毛蟲か海鼠(なまこ)のやうだしさ

   それに第一おまへのかたちは見えないし

   ほんとに溶けてしまつたのやら

   それともみんなはじめから

   おぼろに靑い夢だやら

 (いゝえ、あすこにおいでです おいでです

  ひいさま いらつしやいます

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

ふん、水はおぼろで

ひかりは惑ひ

蟲は 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

   ことにもアラベスクの飾り文字かい

   ハツハツハ

 (はい まつたくそれにちがひません

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

   ことにもアラベスクの飾り文字)

 

   *

最後に宮澤家「手入れ本」の最終形を再現しておく。「《い》」は私の推定挿入補正字。

   *

 

     蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)

 

 (えゝ、水ゾルですよ

  おぼろな寒天(アガー)の液ですよ)

日は黃金(きん)の薔薇

赤いちいさなぜん蟲(ちゆう)が水とひかりをからだにまとひ

ひとりでをどりをやつてゐる

 (えゝ、8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

羽むしの死骸

いちゐのかれ葉

眞珠の泡に

ちぎれた苔の花軸など

 (赤いちいさなひいさまは

  いまみづ底のみかげのうへに

  黃いろなかげとおふたりで

  せつかくおどつてゐられます

  いゝえ、けれども、すぐでせう

  まもなく浮いておいででせう)

赤い蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)は

とがつた二つの耳をもち

燐光珊瑚の環節に

正しく飾る眞珠のぼたん

くるりくるりと廻つてゐます

 (えゝ 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

脊中きらきら燦(かがや)いて

ちからいつぱいまはりはするが

眞珠もじつはまがひもの

ガラスどころか空氣だま

 (いゝえ、それでも

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

せなかきらきらかゞやいて

ちから《い》つぱいおどつてゐるといはれても

じつはからだの泡を苦にしてはねまはるなら

おまへもさつぱりらくぢやない

   それに日が雲に入つたし

   わたしは石に座つてしびれが切れたし

   水底の黑い木片は毛蟲か海鼠(なまこ)のやうだしさ

   それに第一おまへのかたちは見えないし

   ほんとに溶けてしまつたのやら

   それともみんなはじめから

   おぼろに靑い夢だやら

 (いゝえ、あすこにおいでです おいでです

  ひいさま いらつしやいます

 8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)

  ことにもアラベスクの飾り文字)

ふん、水はおぼろで

ひかりは惑ひ

蟲は エイト ガムマア イー スイツクス アルフア

   ことにもアラベスクの飾り文字かい

   あゝくすぐつたい

 (はい まつたくそれにちがひません

 エイト ガムマア イー スイツクス アルフア

   ことにもアラベスクの飾り文字)

 

   *

 私は、総ての行のそれを「8(エイト) γ(ガムマア) e(イー) 6(スイツクス) α(アルフア)」で表記すべきであったと個人的には思う。

 なお、筑摩旧校本全集版ここに限らず、底本にも原稿にもある読点を、校訂本文では総て除去していることに気づいた。これはひどい仕儀で暴挙に等しく、激しく失望した。

「蠕蟲(アン ネリダ)舞手(タン  エーリン)」ルビの字空けは底本を再現しただけ。実際には「アンネリダ・タンツエーリン」でよく、「Annelida Tänzerin」。「Annelida」は動物界環形動物門 Annelida のこと。ヒル・ミミズ・ゴカイ類(多毛類)の仲間。但し、ここに出る対象生物は環形動物ではない。後注する。一方、Tänzerin」の方はドイツ語で、「踊る女・女流武道家・女性ダンサー・バレリーナ・舞姫」の意である。カタカナ音写は「テンツェリン」が近い。

「水ゾル」「ゾル」はドイツ語「Sol」で、コロイド粒子(colloid:物質が〇・一~〇・〇〇一マイクロメートル程度の微粒子となって液体・固体・気体の中に分散している状態)が液体中に分散していて且つ流動性を呈しているもの。ここはそうした水溶液を指す。

「寒天(アガア)の液」「アガア」は「agar」でテングサなどの紅藻類から粘液質を煮出して凍結・乾燥した寒天。食材の他、微生物培養の培地などに用いる。ここは恐らく、ちょっした、相応に時間が経過して、菌類・藻類・小動物等が、ある程度まで繁殖し、粘性が高まった、水溜り(後で「みづ底のみかげ」(御影石。神戸の御影地方が産地として有名だったことから、花崗岩質岩石の石材名)と出るので、池ではあっても、人造の樽とか鉢のような容器ではない)のそれを指している。

「日は黃金(きん)の薔薇」前記の水溜りの太陽光が差し、液体中の微粒子の密度が高くなっているために、複雑な乱反射を起しているのを形容していよう。

「赤いちいさな蠕蟲(ぜんちゆう)諸家の多くが、ただボウフラ(蚊(節足動物門昆虫綱双翅(ハエ)目長角(糸角・カ)亜目カ下目カ上科カ科 Culicidaeの幼虫)とするが、いただけない。これは「赤い」とあるのだから、明らかに通常のカの幼虫ではなく、カ下目 Culicomorpha のユスリカ上科ユスリカ科 Chironomidae のユスリカ(揺蚊)類の幼虫であるアカムシ(アカボウフラ)である。本邦の釣りや金魚の生餌に販売されている国産種(実際には海外からの低価格なものが多い)のそれは、ユスリカ属オオユスリカ Chironomus plumosus・アカムシユスリカ Tokunagayusurika akamusi などであるが、ウィキの「ユスリカ」によれば(下線太字やぶちゃん)、『非常に種類が多く、世界から約』一万五千『種、日本からは約』二千『種ほどが記載されて』おり、『水生昆虫の中では』一『科で擁する種数が最も多いものの一つである』とある。『成虫は』蚊『によく似た大きさや姿をしているが、刺すことはない。また』、『カのような鱗粉も持たないため、カと見誤って叩いても、黒っぽい粉のようなものが肌に付くことはない』(但し、成虫群体の死骸が喘息を引き起こすアレルゲンにはなる。しかしそれは彼らに限ったことではない)。『しばしば』、『川や池の近くで蚊柱をつくる』。蚊に『よく似ており、電灯の灯などにもよく集まるが、カとは科が異なる昆虫で、カのように動物や人を刺したり、その血液を吸うことはない。他の双翅目の昆虫同様、翅は』二『枚のみで、後翅は平均棍という微小な器官に変化している。成虫は微小』か『小型で、体長は』〇・五~一センチメートル『程度。メスの触角は普通だが、オスのそれは全方位に生えた多数の横枝』を有して『ブラシ状を呈し、カのそれよりも短めでふさふさに見える』。『幼虫はその体色からアカムシまたはアカボウフラと呼ばれるが、カの幼虫である本来のボウフラとは形状が大幅に異なる。通常』、『細長い円筒形で、本来の付属肢はない。頭は楕円形で、眼、触角、左右に開く大腮や、そのほか多くの付属器官があ』る(『これらの微細な形態』は『幼虫の分類に使われる』)。『口のすぐ後ろには前擬脚と呼ぶ』一『つの突起があり、その先端には多くの細かい爪があって付属肢の様に利用する。腹部末端にも』一『対の脚があり、やはり』、『先端に爪があり』、『体を固定したりするのに役に立っている。また通常、体の後端には数対の肛門鰓をもっており、ユスリカChironomus など一部のグループには腹部にも血鰓(けっさい:血管鰓とも言う)を有するものもある』。『川や用水路などで発生するが、特に生活排水などで汚れた「どぶ川」では大量発生することがある。ドブの泥を集めて棲管を作り、そこから上半身をのりだしてゆらゆらするのがよく見られる。ただし、種数からすれば』、『ドブにすむものはごく一部で、富栄養化の進んでいない普通の川や池沼、あるいは清流にすむものも多い。ウミユスリカ類』(ユスリカ科エリユスリカ亜科 Orthocladiinae ウミユスリカ属 Clunio・モバユスリカ属 Thalassosmittia 等)『の幼虫は潮間帯やサンゴ礁に棲む。また渓流の落ち葉に潜り込むもの、岩の上に棲管を張り付かせるもの、わずかに水が流れる岩の上に棲むもの、土壌中に棲むもの、その他、特殊な生息場をもつものも知られている。周囲の泥や砂をつづって巣を作るものもあり、ナガレユスリカ属』(ユスリカ科ナガレユスリカ属 Rheotanytarsus)『のように巣の入り口に特殊な縁飾りを作るものや、トビケラ目』(昆虫綱毛翅上目トビケラ目 Trichoptera)『に似た可携巣』(かけいそう:個体自体が持ち運び可能な巣。昆虫一般には蓑虫状・小型ドーム状等を呈することが多い)『を作るものなどがある。食生はデトリタスを食べるものが多いと考えられるが、モンユスリカ亜科』(Tanypodinae:五十属以上)『のように肉食のものや、他の水生昆虫に寄生するものなどもある。蛹はカのそれであるオニボウフラを細長くしたような姿で、水面に泳ぎ上がって、水面で羽化が行なわれる』。『羽化した成虫は川の近くで、たくさん柱状に集まって飛んでいることがよくある。いわゆる「蚊柱」をつくっている昆虫である。蚊柱は』、一『匹の雌と多数の雄で構成されている。これは群飛(swarming)と呼ばれる』。『蚊柱が形成される理由は交尾のためで、成虫は交尾を済ませ産卵を終えるとすぐに死ぬ。成虫の寿命は長くても』、一~『数日ぐらいである』。『また、成虫は口器が無く』、『消化器も退化して痕跡化しているので、一切餌を摂る事ができない』。ああ、蜉蝣(かげろう)たちと同じだ……吉野弘の「I was bornを思い出す(リンク先は私のものではない)……

「えゝ」後の、「いゝえ」との軽い呼応を考えれば、ここは軽い応答の添え辞である「はい」の意であろう。

「ことにも」「殊にも」。

「アラベスクの飾り文字」アラベスク(arabesqu:アラビア風)はモスクの壁面装飾に通常見られるイスラム美術の一様式。幾何学的文様(しばしば植物の唐草模様や動物をごくフォルム化した形を基とする)の反復形をとる。ここは言わずもがな、「8(エイト)」・「 γ(ガムマア)」・「e(イー)」・「 6(スイツクス)」・「α(アルフア)」のそれぞれの文字のような軌跡をアカムシたちが水中でダンスすることの、別比喩である。

「羽むし」「羽蟲」。狭義にはアリ・シロアリ類で、初夏から盛夏にかけての交尾期に、羽化して巣から飛び立った女王アリと雄アリを指す。所謂、「はねあり」であるが、ここは小型の薄い翅を持つ類を広く指していよう。

「いちゐ」種としては被子植物門双子葉植物綱ブナ目ブナ科コナラ属イチイガシ Quercus gilva を指すが、岩手県には植生しないから(関東以西)、これは同じコナラ属 Quercus の「小楢(コナラ)」(Quercus serrata)・「水楢(ミズナラ)」(Quercus crispula)・「柏・槲(カシワ)」(コナラ亜属 Quercus Mesobalanus節カシワ Quercus dentata)・「楢柏(ナラガシワ)」(Quercus aliena)・「櫟(クヌギ)」(Quercus acutissima)の孰れかの賢治の誤認(誤呼称・当地での慣用呼称)と思われる。なお、裸子植物門イチイ綱イチイ目イチイ科イチイ属イチイ Taxus cuspidate は全く違う種なので注意。

「眞珠の泡」粘性が高まっているから、この形容は腑に落ちる。

「ナチラナトラ」私は漠然と「ナチューラ・ナトゥーラ」でラテン語に同じ意味のフランス語かイタリア語辺りの「自然」の語を組み合わせた、「本源的な自然」の意味で読んでいたが、考えてみれば、この重語には何か意味がありそうで、調べてみると、玉井晶章氏の論文『宮澤賢治「蠕虫舞手アンネリダタンツェーリン)」ナチラナトラの意味京都語文二〇一六十一月・佛教大学国語国文学会刊)PDFで、これについて、

   《引用開始》[やぶちゃん注:注記号と引用の字下げを除去させて貰った。]

 この単語について『定本宮澤賢治語彙辞典』を確認すると「意味不明の語だが、おそらく賢治は日本語で「天然自然」と重ねるように、ラテン語の natura (ナートゥーラ、本性、自然、ドイツ語ではナトゥールNatur)の音を借りてエキゾチックに、「本性、自然のおひめさま」の意味で使った」と説明されているが、やはりよく分からない。ただ、少なくとも賢治の造語でないことは確かなようだ。

 この「ナチラナトラ」の意味だが、大正一三年九月発行の雑誌『改造』に発表された辻[やぶちゃん注:辻潤。]の「錯覚したダダ」に、それを読み解くヒントがある

 

 しかし、中には平野青夜の如き男爵にしてエスペランチストであるダダでもあり、隠れた素晴らしい形而上学者もいるのである。ダダを単一狭隘な範疇に押し込めようとするのがそもそもの誤訳であって、一切のナチュラナトゥランスはダダなのだから、宮澤賢治君が『春と修羅』にそれを唱うことは毫も不思議とするに足りないのである。

 

 辻は平野青夜がダダ詩人でありながら、優れた形而上学者でもある視点を、賢治にも取り入れている。そして賢治がダダ詩人でありながら、詩で「ナチュラナトゥランス」を表現していると批評した。ここにある「ナチュラナトゥランス」とは一体どういう意味なのだろうか。この単語だが、恐らくはスピノザやブルーノといった西洋の近世哲学者が用いた「natura naturans」を指しているものと思われる。一般的にはスピノザが『エチカ』(一六七七年)において解説した、一切の存在を産み出す、万物の内在的原因である唯一の実体としての神の意味が知られており、「ナチュラナトゥランス」もその発音読みであると見て間違いない。

   《引用終了》

とある。森本誠一サイトに、『能産的自然(natura naturans)』として、『創造主としての神を意味し、自然はこの唯一絶対的な実体である神が生ぜしめているものとされる。スピノザの標語』とあった。同氏サイト記載によれば、スピノザは「所産的自然(natura naturata)」という語(概念)も用いており、そちらは、『神から産み出された被造物としての自然を指す。この意味での自然は神から産み出されたものとしての自然であり、それゆえ神即自然というスピノザの標語となっている』ともある。なお、「赤い蠕蟲(アンネリダ)舞手(タンツエーリン)」について、先の玉井晶章氏は、主人公(詩人宮澤賢治)『とってのい小さな生物の本体とは、信仰の対象としての神である。「ワタシ」が「ナチラナトラのひいさま」に対して敬語を用いるのも、信仰の神に対する尊崇の念と捉えれば、すんなり読み解けるのではないだろうか』と述べてもおられることを、ここに示してはおく(それに賛同しているわけではない)。

「ひいさま」「姫様(ひめさま)」の転訛。 高貴な人の令嬢を敬っていう語。お嬢様。無論、アカムシを指す。強い目立つ赤い色は私には「ひいさま」が腑に落ちる。

「黃いろなかげ」アカムシの「おひいさま」自身の太陽光の乱反射による黄色い影。

「とがつた二つの耳をもち」アカムシの前頭部上方にある一対の触角を指すと思われる。

「燐光珊瑚の環節」「燐光」は賢治の幻想上の形容と思う(但し、「燐光」はないが、珊瑚類には「蛍光発光」するものがいることは事実である(蛍光する理由はよくわかっていない)。しかし、それをこの当時、賢治が知っていたとは思われない。こちらの旅行会社のブログの「蛍光発光ダイビング(FLUO-diving)」を参照されたい)。腔腸(刺胞)動物であるサンゴ類に対して「環節」という表現は正しい謂いである。

「水晶体や鞏膜(きやうまく)の」/「オペラグラスにのぞかれて」覗いている主体者である詩人を客体化した表現。「水晶体」は賢治の眼球の「水晶体」であり、彼の眼の「鞏膜」(角膜とともに眼球の外壁を構成する強靱な膜)であり、その前に当てがっている「オペラグラス」(ここは拡大鏡をお洒落に言い換えた。アカムシの「ひいさま」のバレエ・オペラの華麗なる舞台を見ているのだから)によって私に「のぞかれて」いるのである。

「眞珠の泡を苦にするのなら」中深のそれや水面近くのそれらは内側に働く表面張力によって、アカムシ「ひいさま」は、その球体面に吸い着いてしまうと、身動きも呼吸も不自由になってしまうからである。]

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