宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 屈折率
春 と 修 羅
屈 折 率
七つ森のこつちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亞鉛(あえん)の雲へ
陰氣な郵便脚夫(きやくふ)のやうに
(またアラツディン、洋燈(ラムプ)とり)
急がなけばならないのか
[やぶちゃん注:「アラツディン」の「ィ」の促音表記はママ。現存稿はなく、これ以前の発表誌等も存在しない。右ページにピッタリで組まれていて清しい。しかし、「手入れ本」の一種では、一旦、八行目「 (またアラツディン、洋燈(ラムプ)とり)」総てを縦線で抹消した上、全体に斜線をつけている。この詩が詠まれたのは、その目次の創作年月日クレジットによれば(この条件も以後は略す)、大正一一(一九二二)年一月六日である。因みに、賢治は大正一〇(一九二一)年十二月三日に稗貫郡立農学校教諭となっているから、本篇(推敲を神経症的に行う賢治の癖を考えると、これはプロトタイプというのが恐らく正しいが、以降はこの注はいれない)の執筆は教諭着任から丁度、一ヶ月後のこととなる。
「七つ森」岩手県岩手郡雫石町の岩手山南麓に広がる里山の森。賢治の幻想の「イーハトーブ」世界の一部に比定されている(現在、国名勝指定)。「生森(おおもり)」・「石倉森」・「鉢森」・「三角(みかど)森」・「見立森(みてのもり)」・「勘十郎森」・「稗糠(ひえぬか)森」の七つの独立した丘陵を名数として数える。ここ(グーグル・マップ・データ)。
「アラツディン」不詳。諸家の諸推理は結論に至っていない。「洋燈(ラムプ)」から、かの「アラジンと魔法のランプ」の主人公のことかとするもの、宮澤賢治自身の異界的な異人としての称とするもの等、それらの解釈を読むのは相応に面白い。確かに「岩手」をアナグラムして「イーハトーブ」を生成現出させた(岩手の歴史的仮名遣「いはて」を捩った」とする説は定説化している。但し、本人はその名について何も語っておらず、異論もある)ように、アラジン=アラー・アッディーンのそれというのも、何となく腑には落ちる。
「急がなけばならないのか」違和感はないが、削除をしていない別な「手入れ本」の一本では、この最終行を、
急がなければならないのですか
と「れ」を挿入し、しかも敬体に直している。]
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