甲子夜話卷之五 27 本多中書、老後學鎗事
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本多氏譜弟の士、小野某家に言傳しは、中書忠勝は世に所知の驍勇なるが、鎗術は下手なりしと。中書老後まで鎗は殊に執心にて、家臣を相手にして、日々のように修行することなり。然るに相手の若士どもに中書入身をするに、殊のほか拙技にて、自由につかれしと也。又人の入身をつくにも、鎗先きかず、自身にも殘念に思はれしや、ひたすら修練怠らざりしと。常は如ㇾ此なるに、軍場に臨て敵と戰ふときは、其技の絕倫、世の所ㇾ云の如くなりしと。思の外の咄なり。
■やぶちゃんの呟き
「本多中書」徳川家康に仕え、武勇をもって知られた徳川四天王の一人本多忠勝(天文一七(一五四八)年~慶長一五(一六一〇)年)。生涯の合戦の中で一度も傷を受けたことがなく、私の知る限りでは、鎗の名手のはずなんだけど?
「驍勇」「げうゆう(ぎょうゆう)」強く勇ましいこと。
「若どもに」「若士」は「わかきし」と読んでおく。「若い家臣を相手に」。
「入身をする」「いれみをする」で「身を入れて相手にする」、武術では「自分から積極的に前に出る」の意があるから、それであろう。さすれば、後の「人の入身をつくにも」も、「人が進んで出てきたのを突く場合も」の意で腑に落ちるからである。
「鎗先きかず」「やりさき、利かず」であろう。必ず鎗先がぶれてしまい、ツボを押さえて突くことが出来なかったというのである。

