宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 風景
風 景
雲はたよりないカルボン酸
さくらは咲いて日にひかり
また風が來てくさを吹けば
截られたたらの木もふるふ
さつきはすなつちに厩肥(きうひ)をまぶし
(いま靑ガラスの模型の底になってゐる)
ひばりのダムダム彈(だん)がいきなりそらに飛びだせば
風は靑い喪神をふき
黃金の草 ゆするゆする
雲はたよりないカルボン酸
さくらが日に光るのはゐなか風(ふう)だ
[やぶちゃん注:現存稿は底本原稿のみで、これ以前の発表誌等も存在しない。大正一一(一九二二)年五月十二日の作。原稿にある校正指示が完成品では生かされていないので(「手入れ本」には揷する操作が示されていないから、後に取り消したのかも知れない)、その通りにした場合を復元してみる。
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風 景
雲はたよりないカルボン酸
さくらは咲いて日にひかり
また風が來てくさを吹けば
截られたたらの木もふるふ
さつきはすなつちに厩肥(きうひ)をまぶし
ひばりのダムダム彈(だん)がいきなりそらに飛びだせば
(いま靑ガラスの模型の底になってゐる)
風は靑い喪神をふき
黃金の草 ゆするゆする
雲はたよりないカルボン酸
さくらが日に光るのはゐなか風(ふう)だ
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宮澤家「手入れ本」の最終形(一部は私が推定で処理した)は、以下のようになっている。
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風 景
雲はたよりないカルボン酸
さくらは咲いて日にひかり
また風が來てくさを吹けば
截られたたらの木もふるふ
……さつきはすなつちに厩肥(きうひ)をまぶし
いまは模型のコバルトガラス――
むらさきなダムダム彈(だん)が
いきなりそらに飛びだせば
風は靑い喪神をふき
黃金の草 ゆするゆする
雲はたよりないカルボン酸
さくらが日に光るのはゐなか風(ふう)だ
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但し、最後の二行は、一度、上まで引き上げて、三行にし、
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……雲はたよりないカルボン酸
さくらは白く日に光る。
氣海の蛙の卵である
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と大きく改変しながら、後で☓印等で削除している(「光る。」の句点はママ)。また、菊池曉輝氏所蔵本では、「ひばりのダムダム彈(だん)がいきなりそらに飛びだせば」を、
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ひばりの黑いダムダム彈(だん)が
いきなりそらに飛びだせば
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と「黑い」を挿入した上で、二行に分けられてある。
「カルボン酸」(carboxylic acid)はカルボキシル基を持つ有機化合物の総称。カルボキシル酸とも呼ぶ。代表的な有機酸で、脂肪酸・アミノ酸・ヒドロキシ酸・ケト酸などもこれに含まれる。ウィキの「カルボン酸」によれば、『生物が作りだすカルボン酸、およびその塩は自然界に普遍的に見出すことができるので、物質としては有史以来』、『親しまれてきた。錬金術の時代以来、単離・命名されて来たので』、『酢酸のような慣用名を持つものが少なくない』とある。このウィキの記載から、それを「雲」の形容に「たよりないカルボン酸」とした辺りは、前の「雲の信號」の〈性的な雲〉のイメージと親和性があるようにも読める気がする。そもそもこの冒頭は見開き左ページ(二十三ページ)で四行示されているが、その右ページと左ページ三行が前の「雲の信號」の全篇提示となっているから、読者が前の詩を十分に引きずって読む可能性はすこぶる高くなるように組まれているのである。但し、ブログ「宮澤賢治の詩の世界」の「二相系いろいろ」では、応用化学者神代瑞希氏の「化学の視点から捉える賢治作品のおもしろさ~なぜ雲はたよりないカルボン酸のイメージなのか~」の講演の中で、『カルボン酸の説明や従来のこの部分の解釈を紹介した後、結局このイメージは、代表的なカルボン酸である酢酸から由来しているのではないかという考えを示されました。酢酸は融点が比較的高く、たとえば実験室に置いてある試薬も冬になると凍ったりすることから、「はっきりしない⇒たよりない」という印象が生まれたのではないか、「酢酸が凍ったり溶けたりする様子が高等農林の体験等から思い出されたのでは?」「雲ができたり消えたりするイメージ?」との推測です』。『また発表時のスライドでは、⑴過冷却状態にある液体の酢酸に、核となる微粒子を入れると見る見る固化して、液体と固体が共存した状態になる様子、⑵酢酸に炭酸塩を入れると二酸化炭素の泡が発生して、まるで雲が湧くように見える様子、という二種類の動画も見せて下さって、とても印象的でした』とあった。科学者宮澤賢治を支点にすれば、それもすこぶる腑に落ちる。
「たらの木」セリ目ウコギ科タラノキ属タラノキ Aralia elata。
「すなつち」「砂土」。
「厩肥(きうひ)」牛・馬・豚等の家畜の排泄物と敷き藁との混合物で、有機質肥料として自給肥料の中でも重要なものとされる。
「ひばりのダムダム彈(だん)」「ダムダム彈」(dumdum bullet)はイギリスがインドで植民地反乱を鎮圧するために用いた銃弾。カルカッタ郊外のダムダム地区の兵工廠で製造したことから、十九世紀末頃からこう呼ばれた。通常の銃弾の弾頭は鉛の芯を銅又はニッケルで包んであるため、動物や人間に当ると、貫通するが、ダムダム弾は被銅の先端を取り除き、且つ、被銅を薄くしてあるため、命中すると、柔らかい鉛が潰れ、傘のように広がる盲管銃創となり、殺傷能力に大きな効果があった。残虐であるという理由から、一八九九年の「ハーグ平和会議」で国際的に戦時の使用が禁じられた(ここは主に「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。ここは、スズメ目スズメ亜目ヒバリ科ヒバリ属ヒバリ亜種ヒバリ
Alauda arvensis japonica が、驚くべきスピードで高く上がって行く、「揚げ雲雀」とも呼ばれる、縄張り宣言の飛翔を、強力な兵器としてのダムダム弾に擬えたのであろう。ヒバリについての博物学的なことは、最近私がものした「和漢三才圖會第四十二 原禽類 鷚(ひばり)(ヒバリ)」を参照されたい。
「いま靑ガラスの模型の底になってゐる」「風は靑い喪神をふき」「黃金の草 ゆするゆする」これらは賢治独特の詩語法で異界的硬質的違和感(悪く言えば、ちょっと判り難く)を確信犯で出しているが、要は、独り、農作業をし、いささか疲れた賢治が、畑の土や作物の様子、そこを吹き抜ける五月の風、収穫時を迎えた麦畑の黄金色の穂の揺らぎをカット・バックしたものであろう。「喪神」は「魂が抜けたようにぼんやりすること・放心」の意であるが、ここはそこに立っている心地よい疲労の中の賢治の、心象の投影された田園風景であると言える。]
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