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2018/11/06

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 くらかけの雪

 

      くらかけの雪

 

たよりになるのは

くらかけつづきの雪ばかり

野はらもはやしも

ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして

すこしもあてにならないので

ほんたうにそんな酵母(かうぼ)のふうの

朧(おぼ)ろなふぶきですけれども

ほのかなのぞみを送るのは

くらかけ山の雪ばかり

   (ひとつの古風(こふう)な信仰です)

 

[やぶちゃん注:現存稿はなく、これ以前の発表誌等も存在しない。「手入れ本」の一種では題名を「くらかけ山の雪」とする。「手入れ本」の別な一本では、全体に斜線をつけている。これも前の「屈折率」と同日の大正一一(一九二二)年一月六日の作とする。

「くらかけ」岩手県滝沢市にある鞍掛山。標高八百九十七メートル。岩手山の南東の裾野の低いピークで、賢治がその景観を愛した小岩井農場の北方八キロ弱に位置する。ここ(グーグル・マップ・データ)。

「ほんたうにそんな酵母(かうぼ)のふうの」全体抹消していない別な「手入れ本」の一本では、

 まことにそんな酵母(かうぼ)のふうの

とする。さらに別な一本では、

 まことにあんな酵母(かうぼ)のふうの

とする。

「朧(おぼ)ろなふぶきですけれども」全体抹消していない別な「手入れ本」の一本では、

 朧(おぼ)ろなふぶきではありますが

とする。

「くらかけ山の雪ばかり」同前では、

 くらかけ山の雪ばかりです

とする。但し、また別な「手入れ本」の一本では、「です」を挿入した後、また抹消しているから、賢治の意識の中では最終的には「です」は、ない、と考えてよいように思われる。

「(ひとつの古風(こふう)な信仰です)」同前では、この行を抹消している。また、もう一本の「手入れ本」では、一旦、「くらかけ山の雪ばかり」を「くらかけ山の雪ばかりです」と直した後、この行を抹消しているが、次いで、「くらかけ山の雪ばかりです」としたものを、再度、元の「くらかけ山の雪ばかり」に戻し、この行を丸括弧なし・字下げなしで再生させている。則ち、末二行を、

   *

くらかけ山の雪ばかり

ひとつの古風(こふう)な信仰です

   *

としてある。

 ここで「手入れ本」三種四本の四冊が最終的に示している形を筑摩書房版全集の校異に従って復元してみると(こうした復元は同全集でも成されていない)、まず、宮澤家所蔵本が、

   *

 

      くらかけ山の雪

 

たよりになるのは

くらかけつづきの雪ばかり

野はらもはやしも

ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして

すこしもあてにならないので

まことにあんな酵母(かうぼ)のふうの

朧(おぼ)ろなふぶきではありますが

ほのかなのぞみを送るのは

くらかけ山の雪ばかりです

 

   *

であり、菊池曉輝氏所蔵本では、

   *

 

      くらかけの雪

 

たよりになるのは

くらかけつづきの雪ばかり

野はらもはやしも

ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして

すこしもあてにならないので

ほんたうにそんな酵母(かうぼ)のふうの

朧(おぼ)ろなふぶきですけれども

ほのかなのぞみを送るのは

くらかけ山の雪ばかり

ひとつの古風(こふう)な信仰です

 

   *

藤原嘉藤治所蔵本の一本(全抹消がかけられる以前の手入れまで)では、

   *

 

      くらかけの雪

 

たよりになるのは

くらかけつづきの雪ばかり

野はらもはやしも

ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして

すこしもあてにならないので

まことにそんな酵母(かうぼ)のふうの

朧(おぼ)ろなふぶきではありますが

ほのかなのぞみを送るのは

くらかけ山の雪ばかりです

 

   *

藤原嘉藤治所蔵本の、今、一本(現在、所在不明)では、

   *

 

      くらかけの雪

 

たよりになるのは

くらかけつづきの雪ばかり

野はらもはやしも

ぽしやぽしやしたり黝(くす)んだりして

すこしもあてにならないので

まことにあんな酵母(かうぼ)のふうの

朧(おぼ)ろなふぶきではありますが

ほのかなのぞみを送るのは

くらかけ山の雪ばかりです

 

   *

ということになり、四冊の内で最終行が生き残っているのは、一冊だけである。「手入れ本」三種の様態を見るに、賢治の最終的な意識の中では、この最終行の存否には強い迷いがあり、実は削除を望む感覚の方が強かった可能性が高いことが窺われるように思われる。

 なお、後に本篇を元にして、新たに詠みかけた(全集校異にそうある)断片と思われるものが、所謂、現行、「アメニモマケズ手帳」と全集で呼ばれる手帳の中に記されてあるので、それも推敲の後のものを掲げておく(校本全集第六巻「補遺詩篇Ⅰ」所収。幸い、漢字に正字化するものはない)。

   *

 

くらかけ山の雪

友一人なく

たゞわがほのかにうちのぞみ

かすかなのぞみを托するものは

麻を着

けらをまとひ

汗にまみれた村人たちや

全くも見知らぬ人の

その人たちに

たまゆらひらめく

 

   *

全集校異には『未完の終わったもの』とする。「けら」は「ケラ蓑」(螻蛄蓑)のことであろう。小学館「日本国語大辞典」の「けらみの【螻蛄蓑】」に『北陸から東北地方で用いられた蓑の一種。それを着たさまが虫のケラに似ているからという』とある。玉川大学教育博物館 館蔵資料(デジタルアーカイブ)の「蓑(みの)に、『蓑の名称や材料は使用目的や地方によって様々であるが、肩から背中を覆う肩蓑を東北地方では「ケラ」、北陸地方では「バンドリ」と呼ぶことが多い。材料には稲の藁や山地に自生する菅(すげ)や藤等を材料とし』た、とある。]

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