萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 白い共同椅子
白い共同椅子
森の中の小徑にそふて、
まつ白い共同椅子がならんでゐる、
そこらはさむしい山の中で、
たいそう綠のかげがふかい、
あちらの森をすかしてみると、
そこにもさみしい木立がみえて、
上品な、まつしろな椅子の足がそろつてゐる。
[やぶちゃん注:筑摩版全集校訂本文は「そふて」を「そうて」と強硬補正している。私には訳が判らぬ。なお、言わずもがなであるが、「共同椅子」は公共のベンチのこと。初出は『感情』大正五(一九一六)年十月。初出形を以下に示す。
*
白い共同椅子
森の中の小徑にそふて
まつ白い共同椅子がならんでゐる
そこらはさむしい山の中で
たいそう綠のかげがふかい
あちらの森をすかしてみると
そこにもさびしい木立がふるえてゐて
まつしろな椅子の脚がならんでゐる。
*
「ふるえて」はママ。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『白い共同椅子(本篇原稿三種三枚)』として以下の二篇がチョイスされて載る。孰れも無題。表記は総てママである。
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白い共同椅子
森の中小径を步いてゐると
まつ白い→のな洋風のぺンチが並んでゐるとあつた
森 山の中に都會をもとむ
そこはさびしい田舍の山の中であつた
文明の
わたしはひぐらしの聲を
わたし は のむなしいが ベンチ 美しい椅子をみ出した
あほい 水々しい木の葉のかげが
わたし はうれしくなつて手をくみ□せた、→の感情が はその椅子を美しいとおもつた
椅子はほんとに上品で美しくみえた、
わたしはこのうへもなく滿足した、
それゆゑ雙手で椅子の背をゆつぶりながら
心もちくびをかたむけてかしげて
ひぐらしの鳴くのをきいてゐた。
白い共同椅子
森の中の小径をあるいてゐるとにそふて
まつ白い共同椅子がならんでゐたる
そこらはさむしい山の中で
朝から凉しい風が吹いてゐた
椅子は ほんとに美しかつた ほんとに上品な形をしてゐた
しめつぽい草木がいちめんにしげつてゐた
自分 わたしはたいそう滿足して
しづかな→じつにまことに閑靜な林の中ところである
そのへんの椅子草にねころんで
しづかに菓子をたべてゐると
木の葉→みどりの木の葉あちらこちらの林葉のかげにも
椅子は上品な椅子の足が並んでゐた
しづかに落付いて→日がくれ
ふとした心持から
わたしはたいそう滿足して
わたしは雙手で椅子の背をゆすぶりながら
たいそううれしい→愉快な→滿足して愉快な心もちで
氣どつた樣子をして わたしはおほきな感情にふけりながら
日ぐらしのなくのをきいてゐた
*]
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