萩原朔太郎詩集「月に吠える」正規表現版 海水旅舘
海水旅舘
赤松の林をこえて、
くらきおほなみはとほく光つてゐた、
このさびしき越後の海岸、
しばしはなにを祈るこころぞ、
ひとり夕餉ををはりて、
海水旅舘の居間に灯(ひ)を點ず。
くぢら浪海岸にて
[やぶちゃん注:萩原朔太郎は大正五(一九一六)年七月二十五日、新潟県柏崎市鯨波(くじらなみ)にある鯨波海岸(ここ(グーグル・マップ・データ))の「蒼海(そうかい)ホテル」(現存する。ここ(グーグル・マップ・データ))に避暑しており、本詩篇はこの宿で詠まれたものと推定される(同地から八月九日に渋温泉に廻った)。サイト『柏崎の情報「陽だまり」』の『大正年代の面影残す「蒼海ホテル」』を見られたい。
初出は『狐ノ巢』(狐紡社発行の群馬の県内向け雑誌という他は不詳)大正五年九月号。初出形は二行目が「とほきおほなみはくらく光つてゐた、」となっていること、「こころ」が「こゝろ」、「夕餉」に「ゆうげ」(ママ)のルビがあること以外は変更はない。
なお、筑摩版「萩原朔太郞全集」第一巻の『草稿詩篇「月に吠える」』には、本篇の草稿として『海水旅館(本篇原稿四種二枚)』として以下の二篇が載る。孰れも無題。表記は総てママである。
*
○
あかき松の→松林の→松ばらの赤松の砂丘をこえて
ほのぐらき海のとほきおほ波はくらく→ほのかにほのぐらく光つてゐた
とほき あはれまづしき越後の村
このさびしきげなる越後の海岸
いつしんにわれはなにを祈るこゝろぞ
海水旅館の居間に灯を點ず、
○
赤松の砂丘をこえて
とほきおほなみはくらく光つてゐた
このさびしき越後の海岸
われはしばしはなにを祈るこゝろぞ
ひとり夕餉をお はりて電球に手をのべ
海水旅館の居間に灯を點ず、
*]
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