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2018/11/20

宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 高原(「目次」・原稿は「呌び」)

 

        高  原

 

海だべがど、おら、おもたれば

やつぱり光る山だたぢやい

ホウ

髮毛(かみけ) 風吹けば

鹿(しし)踊りだぢやい

 

[やぶちゃん注:大正一一(一九二二)年六月二十七日の作。本書以前の発表誌等は存在しない。奇異な点が一つある。それは本篇の標題で、後尾に配された創作クレジット附きの「目次」では、標題は(わざと本文と同じく大きくし、字間を空けた)、

 

 呌  

 

となっていることで、本書用原稿でも標題は「」であるということである(「」は「叫」の異体字である)。しかも「正誤表」にない。恐らくは、最終校正で変更したものと思われる。宮澤家版「手入れ本」では「目次」のそれに一度、「高原」と鉛筆で修正した後にそれを削除しているが、これは宮澤家版「手入れ本」では本文の本詩全体に斜線を引いて削除していることと関係していると推定される。

 なお、原稿では「光る」が「ひかる」であり、また、

「風吹けば」

「風吹げば」

で「け」が濁音表記である。さても、ここは或いは、この濁音表記「風吹げば」が正規表現なのではないか? 「手入れ本」に修正がないのは、気づかなかった(今まででも「手入れ本」は濁点・半濁点及びルビの誤植をかなり見落としている)からではないか?

 

と私には一瞬思われた。但し、全集校訂本文は濁音はない。

 本篇は全篇が方言詩で、

   *

海だろうと、俺は、思ったんだけれど

やっぱり、光る山だったじやないか!?!

ほうッツ!?!

(お前の、だから、俺のも)髪の毛は、それッ! 風が吹けばさ!

まるで、「鹿(しし)踊り」そのものじゃあないか!?!

   *

といった意味と採る。「ホウ」は或いは「鹿踊り」の一曲の囃しなのかも知れないと、各種の岩手の「鹿踊り」映像を視聴してみたが、今のところ、はっきりとは確認出来ないが、それらしく聴こえる囃し言葉はあるようだ。ただ、畑山博「教師 宮沢賢治のしごと」(初版一九八八年小学館刊)によれば、長坂俊雄・瀬川哲男・根子吉盛氏ら賢治の花巻農学校の教え子の証言によれば(長坂氏の音写(以下同じ)「ほ、ほうっ」・瀬川氏「ほうっ、ほほう」・根子氏「ほほうい、ほほうい」)、これは賢治がよく発した叫び声であり、瀬川氏は『ほうっ、ほほうというのはね、賢治先生の専売特許の感嘆詞でしたよ。どこでもかまわず、とつぜん声を出して、飛び上がるんです』(根子氏は岩手山登山の際の体験として、上記の通り、『叫びながら、大きく手を開いたり閉じたりして飛びまわりました』と証言されておられる)。『くるくる回りながら、足をばたばたさせて、はねまわりながら叫ぶんです』。『喜びが湧いてくると、細胞がどうしようもなくなるのですね。身体がまるで軽くなって、もうすぐ飛んでいっちまいそうになるのですね』(根子氏談)と述べておられる。

 松井潤ブログ「HarutoShura本篇解説によれば、大正六(一九一七)年、『盛岡高等農林学校』三『年の時、江刺郡役所(現・奥州市江刺区)の依頼で土性調査をするため、学友二人と江刺』((グーグル・マップ・データ))『を訪れている』とある。校本全集年譜によれば、同年八月二十八日で、調査対象地区は現在の岩手県奥州市江刺区岩谷堂((グーグル・マップ・データ))であった(当日着)。『この日、親友の保坂嘉内宛に「今日当地ヘ来マシタ。アシタカラ十日バカリ歩キマス。コレカラ暫ク毎日御便リ致シマス。(以下略)」という葉書を出している』。『賢治はこの調査の旅で、種山ヶ原(たねやまがはら)』(ウィキの「種山ヶ原によれば、岩手県奥州市・気仙郡住田町・遠野市に跨る物見山(種山)をピークとした標高六百から八百七十メートルに位置する高原地帯。北上高地の南西部の東西十一キロメートル、南北二十キロメートルに及ぶ平原状の山塊で、物見山・大森山・立石などを総称して別名「種山高原」とも称する賢治がこよなく愛した高原として知られ、彼はここの風景や気象を材料として童話「風の又三郎」・戯曲「種山ヶ原の夜」の他、多くの詩や短歌を残している。上記リンク地図の右端中央位置である)『をはじめとする、明るくゆったりした江刺地方の自然がすっかり気に入り、以後、何度も訪れている。この詩の舞台はそんな種山ヶ原と考えられる』とされる(他の諸家もロケーションはここに比定している)。『賢治にとって種山ヶ原は、浄福な天上により近いところであるとともに、沿岸と内陸の風がぶつかりダイナミックに変化する天候、風や雲の変幻自在な彼の心象風景に呼応する空間だった』。『雲海か、濃霧か。強風の日。海かと思って見やれば、光がさすとそこはやはり山。風に吹みまくられて同行した友人の髪の毛は、あっちへ飛び、こっちへ飛び、ぼさぼさ。それを賢治は、鹿踊りに見立てたのだろう』と述べておられる。全集年譜によれば、この時の調査には高等農林学校第一部の高橋秀松と賢治の同級生である(賢治は同校の第二部)佐々木(工藤)又治が一緒であった。花巻に戻ったのは保阪宛書簡の予定通りならば、九月八日で、十日にも及ぶ調査であったことになる(十一日には同校の第二学期が始業しているから、調査期間の延長は考え難い)。則ち、本詩篇は三年も前の回想詩ということになる。

「鹿(しし)踊り」(歴史的仮名遣は「ししをどり」)現在の岩手県・宮城県及び愛媛県宇和島市周辺で伝承されている伝統舞踊「鹿踊(ししおどり/しかおどり)」についての概要はウィキの「鹿を見られたい。サイト「いわての文化情報大事典」の「鹿解説」によれば、『獅子躍・鹿踊・鹿子躍とも書き、起源は、殺されたシカのための供養説や、山のシカの踊りを真似た遊戯模倣説、春日大社と結びつけた奉納起源説などさまざま。怪異なしし頭を付け、盂蘭盆と秋祭りに踊られる。県内の鹿踊は、舞手が太鼓を持って躍る「太鼓踊り系」と、太鼓を持たない「幕踊り系」に大別され、前者は主に県南地方の旧仙台藩領に、後者は主に遠野市を南限とする旧盛岡藩領に伝承されている。「太鼓躍り系」はさらに「行山(ぎょうざん)流」「金津(かなつ)流」などの流派に分かれ、本物のシカの角を用いる。「幕踊り系」の角は木製が多いが、田野畑村の菅窪鹿踊ではシカの頭部を模した頭を用いる』とあり、リンク先賢治落合鹿踊(花巻市東和町落合)の解説には、『身につけた太鼓を自ら打ちながら踊る太鼓踊り系の鹿踊りで、宮城県北から岩手県南地方に伝わっている。行山(ぎょうざん)流(仰山流・山口流・奥野流・奥山行山流等を含む。)・金津(かなつ)流・春日流などさまざまな流派がある。落合鹿踊の由来や伝播時期、経路などは不明だが、伝承によると』、天暦五(九五一)年、『空也上人が諸人済度(衆生済度)のために山居しているとき、周辺にやってくる八つ連れの鹿がおり、その一匹を猟師が射殺したので、その鹿を哀れみ弔うために始めた踊りという言い伝えがある。演目には、「一番庭」「二番庭」「案山子踊」「屋形踊」「御蔵踊」「露ばみ」「綱踊」「鉄砲踊」等があり種類も多い。「綱踊」は落合鹿踊の得意の演目として「ツバクロ返し」の巧技を演ずる。また、神聖な儀礼踊りとして、三光の礼がある。地元の熊野神社の例祭』(九月十九日)『および土沢鏑八幡神社の例祭』(九月十五日)『で奉納』されるとある(リンク先にダウン・ロード式の動画有り)。私は哀しいことに実演を見たことがないのだが、祭り嫌いの私でも小学生の昔から強く惹かれる踊りである(題名を思い出せないのだが、小学校高学年の時に見た(恐らくNHK教育のテレビ放送)日本映画(独立プロダクションの製作っぽいモノクロ映画であった。主役は顔をよく知っているが、今はすぐ名を出せない。それが判れば映画も判る。判り次第、追記する)で、岩手(主人公の記憶にカット・バックするそれは落合鹿踊の鹿であったように思う)から上京して商店で下働きする青年が、確か、店の主人か妻が災難に逢い、その主人の頑是ない子供たちと一緒に呆然としている。雨漏りの雫がバケツかブリキ缶に当たる。その音を聴きながら、青年が懐かしい故郷の「鹿踊り」を思い出すシークエンスにカット・バックした。その時の哀しくも激しいリズムと映像の強い印象として私にあるのである)。]

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