宮澤賢治「心象スケツチ 春と修羅」正規表現版 有明
有 明
起伏の雪は
あかるい桃の漿(しる)をそそがれ
靑ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉(のど)を鳴らし
もいちど散亂のひかりを呑む
(波羅僧羯諦(ハラサムギヤテイ) 菩提(ボージコ) 薩婆訶(ソハカ))
[やぶちゃん注:「菩提(ボージコ)」のルビの「コ」は「ユ」の誤植。「正誤表」には載らない。「手入れ本」にはここの修正が四冊総てにないから、賢治は気づかなかった可能性が高い。本書用原稿が現存する。本書以前の発表誌等は存在しない。上記の誤植があるので、原稿を示す。
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有 明
起伏の雪は
あかるい桃の漿(しる)をそそがれ
靑ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉(のど)を鳴らし
もいちど散亂のひかりを呑む
(波羅僧羯諦(ハラサムギヤテイ) 菩提(ボージユ) 薩婆訶(ソハカ))
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最終行のそれは御存知、「般若心経」(正しくは「般若波羅蜜多心經」)のコーダに現れる真言(マントラ:元来はサンスクリット語で「文字」「言葉」を意味する語。「真言」はその漢訳。大乗仏教に於いて仏に対する讃歌や祈りを象徴的に表現した比較的短い言葉を指す)の末尾部分。
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卽說呪曰(そくせつしゆわち)「羯諦(ぎやてい)羯諦(ぎやてい)波羅羯諦(はらぎやてい)波羅僧羯諦(はらそうぎやてい)菩提薩婆訶(ぼじそわか)」般若心經(はんにやしんぎやう)
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ウィキソースの「摩訶般若波羅蜜多心経」によれば、大谷光瑞述の「般若波羅密多心経講話」(大乗社)所収のサンスクリット文では(私の嗜好からローマン斜体で示す)、
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tad
yathā gate gate pāragate pārasaṃgate bodhi svāhā.
iti
prajñā-pāramitā hṛdayaṃ samāptaṃ.
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だそうである。真言は訳さないのが仏者の習いとされるが、私は無神論者であるから、
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羯諦 羯諦 波羅羯諦(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい)
:往(ゆ)ける者よ! 往ける者よ! 彼岸(ひがん)へと往ける者よ!
波羅僧羯諦(はらそうぎゃてい)
:全き彼岸へと往ける者たちよ!
菩提薩婆訶(ぼじそわか)
:悟りそのものである汝らに幸いあれ!
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といった意とされるようである。]
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