和漢三才圖會第四十三 林禽類 鳥鳳(三光どり) (サンコウチョウ)
三光とり
【今云三光鳥】
鳥鳳
本綱鳥鳳大如喜鵲紺碧色頂毛似雄雞頭上有冠尾埀
二弱骨長一尺四五寸至秒始有毛其形畧似鳳音聲清
越如笙簫度小曲合宮商又能爲百鳥之音
△按鳥鳳近年有之紺碧色背上帶赤腹白羽黑而微赤
頂毛亂起頂上有冠眼大而瞼青其尾長者一尺半許
而能𢌞轉其聲清越如言日月星【倣鶯囀三光者人亦教之然歟】今稱
三光鳥其雌似雄而色淺尾短俱性勇悍育雛時如鳶
鴉來則振羽拒之或啄其眼其巢如鞠兩端有口入表
出裏以尾長然矣今養雛育于籠美色艶聲人愛之性
弱易死
*
三光どり
【今、「三光鳥」と云ふ。】
鳥鳳
「本綱」、鳥鳳、大いさ、喜-鵲(かささぎ)のごとく、紺碧色。頂〔(うなじ)〕の毛、雄雞〔(をんどり)〕に似、頭上に冠〔(さか)〕有り。尾、埀れ、二〔つの〕弱骨〔にして〕長さ一尺四、五寸。秒[やぶちゃん注:「杪(すゑ)」(端)の誤字。]に至り、始めて、毛、有り。其の形、畧〔(ほぼ)〕鳳に似る。音聲、清越〔(せいえつ)〕〔にして〕笙-簫〔(しやう)〕のごとし。小曲を度〔(ど)〕し、宮・商に合〔はす〕。又、能く百鳥の音〔(ね)〕を爲す。
△按ずるに、鳥鳳、近年、之れ、有り。紺碧色、背の上、赤を帶び、腹、白く、羽、黑くして微赤。頂〔きの〕毛、亂れ起き、頂上に冠〔(さか)〕有り。眼、大にして、瞼〔(まぶち)〕、青し。其の尾、長き者、一尺半許りにして、能く𢌞轉す。其の聲、清越〔にして〕「日月星(ひゝつきほし)」と言ふがごとし【鶯〔の〕「三光」を囀る者に倣ひて、人、亦、之れを教へ然しからしむか。】。今、「三光鳥」と稱す。其の雌、雄に似て、色、淺く、尾、短し。俱に、性、勇悍〔にして〕、雛を育む時、鳶のごとし。鴉、來たるときは、則ち、羽を振〔(ふる)〕い[やぶちゃん注:「い」(原典「イ」)はママ。]、之れを拒〔(ふせ)〕ぐ。或いは其の眼を啄む。其の巢、鞠のごとく、兩端、口、有り。表より入りて、裏より出づ。尾〔の〕長きを以つて然り。今、雛を養ひ、籠にて育つ。美色・艶聲〔なれば〕、人、之れを愛す。性、弱く、死に易し。
[やぶちゃん注:やっと真正のスズメ目カササギヒタキ科サンコウチョウ属サンコウチョウ Terpsiphone atrocaudata が登場した(三亜種がいる)。ウィキの「サンコウチョウ」より引く。『日本、台湾、フィリピンのバタン島とミンダナオ島に分布する。日本には、夏』、『渡来し』、『繁殖する。日本で繁殖した個体の多くは、冬季』に『中国南部からスマトラへ渡り』、『越冬する』。『全長は雄が約』四十五センチメートル『(繁殖期)、雌が』十七・五センチメートルしかなく、性型二形を示し、『繁殖期のオスは、体長の』三『倍ぐらいの長い尾羽をもつ』(画像入りの大井沙綾子氏の沖縄県宮古島市大野山林での調査による「サンコウチョウの3タイプの雄の比較」(PDF)がある。これは尾の長さと色の変異で、先の三亜種とは異なる本邦産種の雄に見られる有意な個体変異かとも思われる(大井氏は亜種と述べておられない)。必見)。『羽色は、顔面部が黒紫色、腹部は濁白色、背面はやや赤みのある黒紫色、その他の部分は暗黒紫色で、アイリングと嘴は明るい水色である。メスは、オスの色彩とほぼ同色であるが、オスと比較してアイリングと嘴の水色は不明瞭であり、更に、背部と尾部はかなり赤みの強い赤褐色をしている。尾羽は体長と同じくらいの長さにしか伸長しない』。『平地から低山にかけての暗い林に生息する。繁殖期には縄張りを形成する』。『食性は昆虫食で、林内で飛翔中の昆虫を捕食する』。『樹上の細枝にスギやヒノキの樹皮を用いたカップ型の巣を作り、外側にウメノキゴケ』(菌界子嚢菌門チャシブゴケ菌綱チャシブゴケ目ウメノキゴケ科ウメノキゴケ属ウメノキゴケParmotrema
tinctorum)『をクモの糸で張り付ける』(グーグル画像検索「サンコウチョウ 巣」を見られたい)。『産卵期は』五月から七月で、『抱卵日数は』十二~十四日。『雌雄ともに抱卵する。雛は孵化後』、八~十二『日で巣立つ』。『地鳴きは、「ギィギィ」と地味だが、囀声は、「ツキヒーホシ、ホイホイホイ」月・日・星、と聞えることから、三光鳥と呼ばれている。 また、他にも三光鳥と呼ばれる鳥としてイカル』(スズメ目アトリ科イカル属イカル Eophona personata。先行する「林禽類 桑鳲(まめどり・まめうまし・いかるが)(イカル)」を参照)がいる、とある。サイト「サントリーの愛鳥活動」の「サンコウチョウ」で鳴き声をどうぞ。
「三光とり」和訓に漢字を入れるのは特異点。
「本綱」本種は「本草綱目」には前の「鸚䳇」(オウム・インコ)の「附錄」に前の「秦吉了」に続いて以下のように載るのであって、独立項ではない。
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鳥鳯。按范成大「虞衡志」云、鳥鳯出桂海左右兩江峒中。大如喜鵲、紺碧色。項毛似雄雞、頭上有冠。尾垂二弱骨、長一尺四、五寸、至秒始有毛。其形畧似鳯。音聲淸越如笙簫、能度小曲合宮商、又能爲百烏之音。彼處亦自難得。
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「喜-鵲(かささぎ)」スズメ目カラス科カササギ属カササギ Pica pica。
「弱骨」東洋文庫版の割注では『軟骨』とするが、サンコウチョウの尾が軟骨なのかどうかは私は疑問である。先の「サントリーの愛鳥活動」の「サンコウチョウ」には『春に渡ってきたときはすでにオスの尾は長いのですが、秋に渡るとき、長い尾は無くなっています』とあるから、軟骨ではない気がする。単なる長い羽軸(うじく)であろう。
「一尺四、五寸」四十二センチメートル強から四十五・五センチメートル弱。
「鳳」伝説上の鳳凰。本書の挿絵はそれに合わせて装飾されてしまっていて、実際のサンコウチョウとは似ても似つかないものとなっているので注意が必要。
「清越」「音声が清らかでよく通る・清らかに響く」の意。
「笙-簫〔(しやう)〕」笙の笛のこと。
「小曲を度〔(ど)〕し」短いメロディの音調を作り。
「宮・商に合〔はす〕」中国音楽で使われる五つの音程である五声(ごせい)(五音(ごいん)とも称する)の内の二つ。五声は「宮(きゅう)」・「商(しょう)」・「角(かく)」・「徴(ち)」・「羽(う)」の五つで、音の高低によって並べると、五音音階が出来る。西洋音楽の階名で「宮」を「ド」とした場合は、「商」は「レ」、「角」は「ミ」、「徴」は「ソ」、「羽」は「ラ」に相当する。後に「変宮」(「宮」の低半音)と「変徴」(「徴」の低半音)が加えられ、七声(七音)となり、「変宮」は「シ」、「変徴」は「ファ#」に相当する。なお、これは西洋の教会旋法の「リディア旋法」の音階に等しく、「宮」を「ファ」とおいた場合は、「宮・商・角・変徴・徴・羽・変宮」は「ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ」に相当する(以上はウィキの「五声」に拠った)。
「鶯〔の〕「三光」を囀る者に倣ひて、人、亦、之れを教へ然しからしむか」ウィキの「ウグイス」の『品定めの会』の項に、『鳴声の』一『節を律、中、呂の』三『段に分け』、『律音をタカネ、またアゲ、中音をナカネ、呂音をサゲという』。この三『段を日月星に比して三光と称し、三つ音とも称し、その鳴声の長短、節調の完全なものが優鳥とされた』とある。東洋文庫訳は『鶯で三光と囀(さえず)るものにならって人がまたこれを』(このサンコウチョウに)『教えたものであろうか』とする。しかし、私はウグイスの囀りとサンコウチョウのそれは全く以って似ていないと思うし、人が調教したものでもない。寧ろ、本文にある通り、サンコウチョウ自らが、ウグイスの鳴き真似をしているのである。但し、近年では、私の家の近くにもよくやってくる外来種のスズメ目ムクドリ科ハッカチョウ(八哥鳥)属ハッカチョウ Acridotheres cristatellus のサンコウチョウの鳴き真似は驚くほど、本物に近い。
「勇悍」「勇敢」に同じい。「悍」は「気が強く荒い・猛々しい」の意。
「鴉、來たるときは、則ち、羽を振〔(ふる)〕い、之れを拒〔(ふせ)〕ぐ」バード・ウォッチング系の記事の複数で営巣・抱卵中のサンコウチョウがカラスを攻撃していた旨の記載があった。
「其の巢、鞠のごとく、兩端、口、有り。表より入りて、裏より出づ。尾〔の〕長きを以つて然り」不審。複数の画像を確認したが、鞠というよりは縄文土器様で上部で開口し、二箇所の開口は認められなかった。入っていると、尾は如何も邪魔な感じで上に突き出ている。
「今、雛を養ひ、籠にて育つ」ここは人間がサンコウチョウの雛を捕って、飼養することを言っているのであろう。だから「美色・艶聲〔なれば〕、人、之れを愛す」と続く。]